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2013年6月 1日 (土)

武州松山城跡に行ってきました。

2013年5月31日(金)に武州松山城跡・吉見百穴・息障院(源範頼館跡)・岩殿山安楽寺(吉見観音)に古城探訪同好会で見学してきました。

昨日は高尾山ハイキング予定でしたが雨で中止今日は代わりにすごい晴天で一段と暑い日となりました(この頃幹事をやると雨が多い(泣))。

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武州松山城跡は国指定史跡です、当時の縄張りが良く保存されています、今回は百穴から根古屋地区へ回り込み、四ノ曲輪(郭)よりはいりました。

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曲輪四の下の入口。

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入るとすぐに空堀がありました、左上が四の曲輪です、全体に空堀に草木が生え茂り空堀が写真では見ずらいです、手入れがされていないですね、以前来た時の方がハッキリしていたかな?(国指定とは?)。

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曲輪四です・・曲輪は広場の意です(当然建物も在ったでしょうが)。

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曲輪四の端で左が空堀でその左が三ノ曲輪です、この空堀は向こう側根小屋虎口脇より誘導し三と四の曲輪上より攻める仕組みの構造です。

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空堀から三の曲輪へ上ります、四ノ曲輪より三ノ曲輪は高くなっています、段々上へ上へとなります、当時は弓が主流なので上から狙い打ち出来る構造が必要なのです。

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三ノ曲輪の広場です。

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此処は三ノ曲輪と春日曲輪との堀切で此処も虎口よりの誘導する仕組みの一つです。

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春日曲輪はあまり広く無く堀切に合わせて”ノ”の字型です。

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ニノ曲輪です配置から見ると此処が中心ですネ。

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空堀をのぼり本曲輪へ、空堀・・・・防御用の堀、堀切・・・・隘路に誘導する堀 ・・・ですかね?。

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此処が城址最高地点で本曲輪です、この城址は半分以上を市野川に囲まれ他に丘陵大沼等の湿地地帯で防御性が高く、しかも上杉・後北条・武田の争点で有った為、繰り返しの攻防が行はれた。

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広場全景です。

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腰曲輪をへて兵量倉へ下る、腰曲輪へは橋が有ったのではと云われている?。

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兵量倉の広場。

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岩室観音堂への下り(搦め手口?)、左に腰曲輪・写真位置後ろも腰曲輪・右側は惣曲輪

でこの下は竪堀の岩場で形成されている、吉見の百穴側の道路。

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惣曲輪、この先が根小屋の虎口で狭くなっている、左側も段々の腰曲輪があり上より狙い撃ちにできる構えとなっている。

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此処が根小屋虎口で狭い入口です、左は堀切です、右側の所々にも誘導の堀切があり三・四の堀切へと入り込む仕組みです。

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吉見百穴(ひゃくあな)、入口より。

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百穴をそばより、百穴は古代の人の墓です、近くには黒岩の洞窟群もありますネ。

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続いて、源範頼館跡(息障院)の寺門です、彫り物が見事です。

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アップの彫り物です、彩色を江戸末期には禁止されたのでより美しい立体的な彫り物を手掛けたとのです。

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本堂です。

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本堂脇の堂です、風情があります、お堂が逆光でヤヤ不満ですネ。

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吉見観音の脇にて。

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岩殿山安楽寺(吉見観音)本堂です。

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脇にある三重の塔です、美しい建物です。

今回の見学は此れで全てです、各地域より車で来ましたので此処でそれぞれ散会となりました、幹事さん及び車を手配運転された方々に感謝です、参加された方々にも楽しく見学出来たこと、また地元の観光ボランテアの方には暑い中最後まで有意義なご説明を頂き有難うございました、感謝感謝。

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