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2015年8月30日 (日)

長野県白馬に行って来ました。

2015年8月23日(日)~29日(土)にかけて長野県白馬村に行って来ました、当然山登りに行ったのですが、台風15号・16号とその後の天気が悪く最悪の旅行となりました。

1週間のすべてにおいてアルプスの山頂が見えずこれ程の悪天候での旅行に初めて会いました。

24日(月)が曇りなので白馬八方尾根から唐松岳を目指しましたが途中からガスの中で諦めて引き返しました。

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尾根の途中の花たちです・・・・コゴメグサです。

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ゴンドラのアダムとリフトを乗り継いで八方尾根を上ります、まだ好い方ですネ。

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オトギリソウですか・・・・・花ももう遅いかな。

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ウメバチソウの花が綺麗に咲いています。

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アキノキリンソウです。

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ダイモンジソウです・・・・・何せ景色が見えないので花を撮ります。
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第一ケルンです・・・迷子に成らない様・・・・ガスで先の方は見えませんから。

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それでも少しは時々見えます・・・・・・高い方は全然見えませんが。

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秋ですね・・・マツムシソウの花ですから。

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第三ケルン?でしょう、この右下が八方池でその先が白馬三山が晴れた日は良く見えるのですが、天気が良ければ白馬大池から白馬岳を上り翌日大雪渓を下山し、翌々日にはこのコースから唐松岳を上り五竜岳に行く予定でした(泣き)。

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尾根にある八方池が時々見えますね。

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トリカブトの花です、猛毒ですネ。

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シシウドです、何故か寂しいですネ。

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キヌガサソウですが、もう遅いですね・・・・・そばに残雪が在るのでまだ少し有りましたが花が黄ばんでいました。

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チングルマの花・・・・これは小さな木の花とか。

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これもチングルマですが、花の種子を飛ばすのです。

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円山ケルンの先で不帰の剣が良く見える位置なのですが・・・・・・・。

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円山ケルンです、周りの山はまるで見えません。

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まだ早いので大分景色が見えるのを期待しながら待ちましたがこの程度です。

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山はまだ雪渓が有りますよ・・・・。

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イワシャジンの花たちです。

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山頂に行くのを諦めて戻ります、八方池です。

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八方池から白馬三山をバックに・・・・・。

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此れは2013年8月1日の写真ですこの時も余り良い天気ではありませんでしたが。

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此れは2012年9月26日の八方池からの白馬三山です・・・・・なかなか良い天気に会えませんね。

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翌日もどんよりとした天気なので近辺を散策・・・・長谷寺と老杉群を飯盛に尋ねましたその後十郎の湯に入りました・・・・毎日温泉めぐりです。

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此れは八方の諏訪神社に在る杉の巨木で見事なものです、樹齢1000年幹回り10mです。

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倉下の湯、源泉かけ流しの天然温泉です、25・26日と雨模様なので2日間この温泉に入りましたよ・・・向こうの山は八方スキー場です、その奥は全然見えません。

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27日五竜遠見のテレキャビンでお花畑に行きました・・・相変わらず上はガスです。

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ゴンドラの終点から散策です・・・・・水芭蕉が在るのですね。

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ここは地蔵の頭でケルンと碑があります、遭難者のお墓もあります・・・・此処から五竜岳に行けるのですが・・・・やはり何も見えないのです。

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コマクサももう終わりかけでした。

本当に今回は最悪でした。

2015年8月13日 (木)

高島城址・新府城址・甲府城址に行って来ました。

2015年8月12日(水)に諏訪市の高島城址・韮崎市の新府城址・甲府城址と行って来ました、結構蒸し暑く電車内は寒いくらいで疲れました。Dsc02316

諏訪湖湖畔の高島城です、昔は諏訪湖がこの城の右脇まであり諏訪の浮城の名前が在るくらいです、今は諏訪湖は大分右奥まで下がっています、石垣も広がっていますが地盤が悪いのでやや緩い傾斜なのでしょう。

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当然復興天守ですがかなり昔昭和45年と有りました。

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天守閣の高覧からみた諏訪湖です、大分湖が後退しています、昔は城から船が出たと有りますから。

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城内から見た所です、復元にあたり昔の写真からですが此方側の写真は無いみたいですネ。

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冠木門を城内から・・・・・これは冠木門ではありませんが築城当時が冠木門で名前がそのままなのでしょう・・・・太鼓門高麗門ですね、ちなみに冠木門は左右の柱に横に木を渡した門です。

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冠木門の橋から見た天守閣。

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冠木門を正面から見た所、三の丸はこの堀の外側です。

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冠木門の堀の外側から・・・二の丸がこの右側で川がありその右側が三の丸やはり川が有ります。

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隅櫓から見た冠木門・天守閣です、絵になりますね。

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堀の途中から冠木門・天守閣。

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冠木門の橋脇から隅櫓を見た所です。

次は新府駅まで戻り新府城址へ行きました、新府城址は2度目です。

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駅から歩いて20分ぐらいですか、道を忘れたので心配でしたが案内がありました、新府城の横腹から登ります、本丸跡に在る神社への上り口です。

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山頂の神社です・・・此処が新府中韮崎城本丸跡です。

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今図の右上から稲荷曲輪をへて本丸へ出ました、此れから本丸(かなり広い)を見て二の丸各曲輪を横目で見て西・東三の丸丸馬出し・大手門口と回り、上の方の堀(今は水は有りません)を見て廻りました、残念ですが七里岩は今回も見れませんでした。

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この城は織田信長に対抗するため新規に構築した城ですが結局、家臣が離れ籠城できず自ら火を放ち逃げたのです・・・後に家康が北条との戦いで使用したとか・・・。

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本丸跡の碑にも書いてあります、築城者は真田昌幸です、やはり人が石垣ですネ。

天正9年2月着工し12月入城で天正10年(1582年)3月ですからネ・・・・・・天正9年3月にはあの高天神城が落城していますから追い詰められました・・・ここから小山田信茂が進めた岩殿城(大月)に落ちていきます、裏切りに会い天目山で滅亡です。

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此れは以前は無く作り直しましたネ、勝頼公の霊社とあります。

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本丸脇の土塁をバックに有名な武田家の家臣に囲まれています。

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本丸脇から見た稲荷曲輪です、本丸から一段低い所です。

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稲荷曲輪と逆側の本丸脇にある二の丸跡です。

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奥上が本丸です、二の丸は左側です、西の三の丸でこの右側に東三の丸があります。

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東三の丸の前側に馬出し・南大手門があります。

この後周りを見て廻り次に甲府へと出ました。

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甲府城址(舞鶴城)の稲荷櫓です。

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甲府城の縄張り図です、右下から外側をまずまわり遊亀橋から城内に入り鍛冶曲輪・稲荷曲輪門・数寄屋橋曲輪・天守台脇・鉄門跡・中門跡・坂下門・内松陰門・銅門跡・本丸と見て廻りました。

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数寄屋橋曲輪が正面の石垣で、右側の石垣は17mと高い石垣が構築されています。

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遊亀橋からみた鍛冶曲輪と本丸の石垣・天守台の石垣が見えます。

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稲荷曲輪門です、防御性の高い門ですよ。

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内側から見た門内です、かぎ型で上からも狙い撃ちです。

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数寄屋曲輪から見た数寄屋櫓跡です・・・右広場は鍛冶曲輪です。

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稲荷櫓です、最初に撮った写真の城内から見た所です。

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これも稲荷曲輪門の内側石垣上から見た門内の所です、上から狙い撃ちでしょう。

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これは本丸に入る鉄門です・・・・・見事な門です。

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門横の石垣うえから見た所です、石垣がやはり高いですね・・・・大砲が無い時代は攻略するのが大変ですネ。

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此れは内松陰門の内側からみた本丸方面の石垣です・・・直進し右側へまた左側の銅門の向こう側が本丸ですから・・・・各石垣うえから狙い撃ちですからネ。

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石垣上からみた内松陰門の内側です・・・・三方の上から狙います。

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門を突破し再度の門(銅門跡)からみた所です、攻めるのも大変です。

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門内からみた本丸広場と天守閣台です。

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鉄門脇の石垣から見た高い石垣と天守閣台の石垣です、見事なものですね、浅野長政が築城者とあります・・・・戦国時代の生き残りたちの知恵の中から出来上がったのでしょうね。

2015年8月 5日 (水)

再び掛川に行って来ました(高天神城址・掛川城址)。

2015年8月4日(火)に再び青春18キップで掛川に行って来ました、今回は以前より気になった高天神城址を観に行きました。

この城は今川氏が納めていましたが、氏真の時徳川家康が攻め取り(1569年)小笠原長忠がおよそ2、000の兵で収めた、1571年元亀2年3月武田信玄が25、000の兵で包囲したが難攻不落と見て包囲を解いたと有ります。

元亀元年はあの有名な浅井・浅野;織田・徳川の姉川の戦いですから世の中戦国の盛りですネ。

1574年天正2年5月武田勝頼が2万の兵で猛攻し6月18日武田軍内藤・山県の兵が城内に突入6月28日二の丸が陥落、7月2日小笠原長忠降伏、1575年が長篠の戦いで勝頼が敗れる前の年です。

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高天神城は掛川駅と遠州灘の間で凄い山の中ではありません、今は周りに茶畑が沢山あります、H型の地形の小さな山で鶴翁山132mの東峰に本丸があり真ん中を繋ぎ128mの西峰に西の丸があり、北・南・東は断崖絶壁の山です、西側が山が重なり緩斜面の地形の城です。

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南側の急斜面をトラバースするように追手門(表)があります、写真左は崖で右上に櫓があり突き当りに櫓門です。

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追手門右上にある櫓跡、門に来る敵兵を横上から攻める位置にあります、この少し上に三の丸がありますが崖上になります。

Dsc01890追追手門を上がると三の丸・本丸へ上がる道と西の丸方面への分岐になります。

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西の丸方面への道です、急斜面の崖を回り込むように道が作られていますね。

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東峰と西峰を繋ぐ鞍部にでます、これは鞍部より見た東峰(本丸方面)の道です。


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此れは西峰方面への道です。

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段々に上がる西峰方面で正面がかな井戸があるかな井戸曲輪で階段を上がると西の丸(現高天神神社)で右側方面が隣接する二の丸・袖曲輪の堂の尾曲輪となります。

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階段を上ると西の丸(現神社)です、左側は崖で後ろ側へとあります。

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神社脇は見事な崖です。

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神社裏(西の丸)は切割・堀切・空堀で防御してあります、向こう側は馬場平の見晴広場となります。

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馬場平です、両側は崖の尾根筋ですね、突き当りが武田軍の軍監横田甚五郎が落城報告に馬で走った抜け道です、犬戻り・猿戻りと呼ばれているそうです。

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この道です、馬で抜けるのは今でも厳しそうですが、如何でしょうか?。

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再び井戸曲輪まで戻り二の丸方面へ、正面が二の丸あとで、右側は袖曲輪方面となります。

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袖曲輪方面です、奥は尾根の細い巾の広場が続き所々に堀切が見られます、右側は搦め手門側の切り立つ崖の上です、左側が徳川軍が守備しているときに武田軍が攻め込んだ西側です。

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これは徳川軍の戦死した丸尾兄弟の墓・・・・当然後の話ですが、約300の兵が二の丸・堂の尾曲輪を守備しての激戦地区を思い浮かびますネ。

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袖曲輪を切る堀切が見られますね、山沿いを攻め上りますから区切り敵を中断するのです。

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此れは武田軍がその後補強した西地区の緩斜面を空堀に変えたのです、長大な横堀が見られますネ、武田軍は土木工事はお得意なのです(金山土木)。

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再びかな井戸へもどり、此れから搦め手門方面へ一度でます、籠城の際水は大切ですから・・・・・10か月の籠城で食べ物が無くなり武田軍は夜襲を仕掛けるのですが・・・・。

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鞍部から搦め手門方面に下ります、ここにも井戸が・・・・・。

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下り、左側正面側が今いた西方の下側になります、何せ急斜面なのです。

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谷間に挟まれた搦め手門跡です。

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戦死者への供養か不気味な蝶が戦死者の血をすすります。

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再び・三度鞍部から本丸方面へ本道脇から的場曲輪へ右側上が本丸ですね。

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本丸下を回り込むと石牢の標識が・・・・徳川の軍監が降伏しないで8年間閉じ込められたとの事。

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本丸下の牢屋です、黒田如水も確か2年間ぐらい閉じ込められましたね、しかし、良く生きていられましたね。

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東峰の本丸跡です、長方形です。

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本丸跡を進むとほぼ同じ高さで回り込むように御前曲輪があり、ご覧のように撮影場所がコンクリは戦前に模擬天守を構築したとか説明がありました。

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本丸から大分離れて下ると三の丸へとなります。

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三の丸跡です、(1580年)天正8年10月武田軍岡部1000の兵が守備する対する徳川軍1万が包囲攻城(籠城戦)、(1581年)天正9年3月22日城方より夜襲突き出したが、逆襲され落城。

(1582年)天正10年3月武田氏滅亡・6月織田信長本能寺で死と時代は繋がります。

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折角きたので再び掛川城址へ全体の写真をとりました。

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次に本丸下広場からお城を見上げます。

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此れは二の丸広場側からです。

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裏側竹之丸方面から外側3層中身は4層で高覧がつき木造復元天守、軒唐破風・火燈窓・石落としが見られます。




2015年8月 3日 (月)

志賀高原に行って来ました(志賀高原の花たち)。

2017年7月29日~8月1日志賀高原のアチラコチラで撮りためた花です。

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シモツケソウですね、花の名前が違っているかもしれませんが気にせず大らかに見てくださいネ、まだそんなにありませんでした。

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フリワケイチゲ・・・イチゲではハクサンイチゲが夏の高山植物で代名詞ですが?。

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ギボウシですが、オモトギボウシですかね比較的真すぐ立ち上がっています、横に花がブル下がるのがオオバギギボウシかな?、沢山群生していました。

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これもオモトギボウシですね。

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これはコケです・・・・・そう暗闇に光るコケ、ヒカリゴケです、岩の隙間に見事な光が見えました。

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ギンリョウソウです、色素が無い花です、これも沢山ありましたが纏まらず1・2本です、これはヤヤ盛りを過ぎています。

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これはギンリョウソウの親分です?、馬にも何となく似ていますネ、思わず撮りましたネ。

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此れは?、山アジサイ・・・・・・???、手前のガクはミセバナかな?。

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アザミ・・・・とにかくアザミでしょう?。

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マルバナイチヤクソウです、赤いのもありますが此れは違いますネ。

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コオニユリかな・・・・・・・・・・。

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これはクガイソウです。

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ハクサンフウロですこれも夏の高山植物では有名ですネ。

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良くわかりませんが、ツルフジバカマでしょうか?、色が違うかな?。

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水蓮です、蓮沼で暑い中涼しげに咲いていましたネ。

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尾瀬では見れませんでしたが、コウホネです、これも蓮沼に少しですが咲いていました。

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ヤナギランは沢山咲いていましたが、余り写真での写りが悪く(腕が悪いのです)中途半端なものにしました。

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これは山野草では無いかも???、判りません。

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エンレイソウと実です、花は春です。

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これも花は終わり実、サンカヨウですかネ?。

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これもツバメオモトと実です。

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ウツボクサです、色は鮮やかですネ。

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コバイケイソウです、以前バイケイソウを見ましたが凄く大きいです、これはコです。

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岩菅山の途中で見た花でツリガネニンジンですかネ。

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写りが悪いですがトモエシオガマでしょう?。

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シシウドが群生していました、見事です。

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これも岩菅山の途中で見た、イブキジャコウソウの花・・・・これは木ですかね?。

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タカネトンボの花かな、キスゲの群生に混ざり目立たず咲いていました。

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ヤマハハコ、ウスユキソウではありません。

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ニッコウシクゲの群生です、尾瀬に観に行きましたが、此処には沢山咲いていました。

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花も盛りの良い時期ですね。

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マルバダケソウですかネ?、以前は6月でしたので花もイワカガミをはじめ沢山見たような気がしましたが、それでもここ志賀高原は湿原・山に囲まれた高地なので沢山の花が咲いていました。

サルも沢山いて高天原神社には寄りつけませんでした(怖いのです)、今回は白根山が噴火対策で入山できずコマクサにはお目にかかれず残念でしたね、そうそうホタル観賞もしましたホタルが群舞していました、残念なのは満月なので星空を見ることが出来ませんでしたが。

2015年8月 2日 (日)

志賀高原に行って来ました(田の原湿原・信州大学自然園・岩菅山)

2015年7月29日(水)~8月1日(土)に志賀高原高天原を拠点に田の原湿原。信州大学自然園・一之瀬シナノキ・岩菅山と歩き回りました、岩菅山は2012年6月29日に行き2度目の山行です、結構疲れました。

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溶岩に張り付き厳しい環境に生きるクロベ(ネズコ)の木、岩にしがみ付きコケと同居北八ヶ岳の環境と似ているのかナ。

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長池に映る、ここは信州大学の自然園まが玉の丘があります、今回初めて登りました。

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まが玉の丘山頂にあるクロベの巨木達です。

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ここは渦巻溶岩で出来ている山でふたご石の名前が在る巨大な石です。

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クロベ(別名ネズコ・・ひのきの種類)の巨木で脇へ脇へと広がり真ん中の古木は枯れると説明に在りました、確か白馬の岩岳にもネズコの森?が在ったと記憶。

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これは間違いなく巨木で一之瀬の森に存在する”シナノキ”の巨木です、樹齢800年幹回り8m存在感がありますヨ。

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7月31日に朝から高天原のリフトで東館山へ寺小屋山2125m・赤石山への分岐・ノッキリを経て岩菅山2295mを往復しました、約7時間のコースです、手前が岩菅山で後ろが裏岩菅山です・・・・今回も裏岩菅山には行けませんでした。

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縦走コースです、奥が岩菅山で尾根を上り下りを繰り返します。

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なかなか近ずかないのです、その都度上り下りです。

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大分近かずきました、岩が見てとれますから。

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綺麗な山です、日本200名山に挙げられています、今日は凄く暑いのです、雲も出てきますが雷まで発達しませんネ。

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ノッキリの分岐を過ぎました、後40分の上りです、前回はノッキリから下りましたが、今回は同じコースを戻ります(その分少し長くなります)、此処から山頂までの上りが岩とガレで大変なのです、暑いし疲れが出ます。

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岩菅山山頂です、トンボが沢山飛んでいます。

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山頂から見た今来たコースを振り返ります、向こうの山まで上り下りを繰り返し左側から右側へと帰ります、裏岩菅山はガスが出てその雄姿をハッキリとは見えません、この山はもう卒業ですね疲れました、色々花の写真を撮ったので後で記載します。

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