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2016年11月18日 (金)

群馬県吾妻郡高山村に行って来ました(尻高城址)。

2016年11月16日(水)に群馬県吾妻郡高山村に行って来ました、真田道(上田ー菅平ー妻恋ー長野原ー岩櫃城ー中之条ー高山ー沼田)と三国街道の交わる高山村です、今回は尻高城址(しったか)です。
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地図を見ると真田道(岩櫃城ー中山ー沼田、中山ー名胡桃城)は真田にとっては重要拠点がわかりますね、この地が真田と後北条との激戦地なのです、また上杉謙信が関東へ出る道筋でもあるわけですから。
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真田道にある尻高城は里城(並木城)と要害な詰めの山城(尻高城)から成り立つ地方の豪族のお城です、6度も戦乱に巻き込まれ落城したそうです、写真は並木城入り口(現在のですよ)。
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並木城から見た真田道(国道145号)。
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本丸跡です、現在は民家の庭でコジンマリとした本丸です。
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本丸脇に武者走りが在ります。
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右側が本丸です、道沿いの高台にある館ぐらいですかネ、いざ戦ともなれば山城に逃げ込むのでしょう。
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後の山が尻高城入り口となっていました、此れから本格的な山登りです。
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此れが尻高城の縄張り図です、直線部分は山登りで、横の部分が尾根筋の城内(?)です。
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直線的に山道を登ります、やや急な坂道ですが紅葉も見れ良いですよ。
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急坂と岩場が出てきます、ロープがあり思わず頼りますが、落ち葉が沢山あり足が滑ります。
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漸く尾根筋に出ました、大きな石宮があります、6度目の石宮とかここからは平らになりますね,
この地点がただ一つの虎口(出入り口)で防御の要です。
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此れは主郭(?)との区切りの堀切です、両サイドは岩場で浅いガケ状態なので一方向を防御すれば良いのです、ただしこの尾根には水場は無いそうです・・・あまり長い籠城はできないのです、想像するに柵があり小屋程度の建物があったのでしょう。
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水をためた水槽とか石宮が滅びた数だけありました。
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尾根筋は狭いのですが横に奥行きがありますが最後は崖淵です、戦いの城でなく逃げ込みようですね。
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下から見上げた尻高城です、左側が登り口で山の頂上が平らで右が落ちています、自然の岩場を利用したお城です、此れで今回の城郭巡りは終わりました、地元のガイドさんには非常にお世話になりました改めてお礼申し上げますありがとうございました、温泉に浸かり反省会を行い帰宅しました、幹事さんにもありがとうございました有意義な旅でした。

 

群馬県吾妻郡高山村に行って来ました(中山城・泉龍寺高野槇)。

2016年11月16日(水)に群馬県吾妻郡高山村に行って来ました(今回は)中山城・と泉龍寺の紅葉と高野槇の巨木です。
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此処高山村中山は真田道(上田ー菅平ー妻恋ー長野原ー岩櫃城ー中之条ー高山ー沼田)と三国街道が交わる所です、上杉謙信は越後から、武田信玄は甲斐から武田軍の先鋒で真田軍が、此れに後北条の北関東進出がぶつかりあいました。
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三国街道沿いの舌状の丘と横は田んぼで道の駅”中山盆地”に近い所にありました、横の田んぼは当時は湿地帯の沼地だそうです。
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田んぼ側から見た中山城址です、左側の低い台地から段々と空堀を巡らせ三の丸・二の丸・本丸と沼の壁を軸に半分に折った囲郭式の城郭です、左側が三の丸辺りで真ん中あたりが二の丸・本丸と続き二の丸・・・。
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沼地から本丸へ上がります、手前が下曲輪で上の左側が本丸、空堀を挟んで右側が二の丸側ですね。
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登り切ると本丸です、結構広いですね。
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此れが縄張り図ですね、図の下側の右側から本丸に入りました。
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本丸の三方は土塁が盛り上げてあります、向こう側は深い空堀です、後北条が拵えたお城です、鉢形城の北条氏邦が関わりました。
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空堀が半円に本丸を囲みます、左側は二の丸で奥は沼地なので簡単な防御ですね。
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本丸から見た沼地がわです土塁はありません。
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本丸の後は下曲輪が低い位置でありますね、当時は沼地で余り防御が不要な状態だったのでしょう。
三重の深い空堀で守られた城で”境目の城”と言われています・・・・此処は三国街道と上田と沼田を結ぶ十字路ですから、真田軍の要に北条が食い込んだのですからね関東を収めるための拠点だたのでしょう。
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泉龍寺の紅葉ですまず見てください。
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山門脇の紅葉が美しいですね。
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此処は高野槇の巨木が有るのです。
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伝説では源頼朝公御手植えの高野槇、樹齢800年幹回り6Mの高野槇では1-2の巨木では見事なものです。
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どうです、この迫力紅葉も美しいし感動です、この後は尻高城址へと向かいます。

2016年11月17日 (木)

群馬県吾妻郡高山村に行って来ました(中山古城)。

2016年11月16日(水)に城めぐりで群馬県吾妻郡高山村に行って来ました、高山村に幾つかの城址がありますす、地元の町おこしでのボランテイアの方にお世話になりました、ありがとうございました。
高山村は現在は交通の便に恵まれませんが、三国街道の宿場町で真田一族・上杉謙信・武田信玄・後に後北条の関東進出での境目としての激戦地区なのです、従ってお城もあるわけです。
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道の駅”中山盆地”の建物です、右奥の山上は県立のぐんま天文台です、此処で地元ボランテイアのガイドさんにお会いしまず中山古城に向かいました。
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中山古城は昔タイプの山城です、此処から山へと入ります、今回は天気に恵まれ紅葉時期とも重なり素晴らしい勉強会になりました、この会はいきがい大学の歴史班チーム主催に便乗させて頂きました。
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細い山道を登ると杉の林になり石宮が在りました、明治初年に村に病気が流行りお祭りしたそうです・・・・お城の社ではないそうです、でもここは城内かな、古城はこの広場を馬蹄形に囲こんでいるのです、本丸はこのまだ奥です、ここは虎口ですね。
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奥が突き当りになり左側に曲がりながら登ります、当然急坂ですね。
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急坂を上ると左側が本丸です、真っ直ぐは本丸とを区切る堀切の空堀へと入りますね、この古城は細い尾根筋を利用し尾根筋を分断する堀切、尾根を段々と区切り防御システムを構築、比較的簡単な縄張りですね。

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本丸跡(当時は主郭)です、意外と広い広場です、四面削ってあります。
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二の丸(?二の曲輪)方面を除きます、段々と下に繋がりますね。
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二の丸から見た本丸です。
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山がきれいに見えました、この下も尾根筋は曲輪です。
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回り込むように急坂を下ると先程の石宮の横方面へでます、大きな石が重なりっていますここも神が宿る場所(?)としてお祓いの跡が在りました(今月初めにあったそうです)。
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下から見ると石室・石舞台のようで神が宿っても不思議でないかも。
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此処は三国街道中山宿新田本陣の平形家住宅門屋です、三国街道は中山道高崎から別れ三国峠を越えて越後・佐渡への道で当時から沢山の人々が行き来していたのでしょう。
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この本陣の庭に在りました、中山新田本陣の大ケヤキです、地元のガイドさんが居たお蔭で中に入り見ることが出来ました感謝ですね、樹齢600年幹回り10・7Mの巨木ですね。

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どうです、このみなぎるパワー今回はもう一つ巨木に会えるのです、巨木・城址・紅葉・山歩きと良い旅ができます、次は中山城です。

 

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