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2016年12月21日 (水)

金鑽御嶽城に行って来ました(金鑽神社・本庄城跡)。

2016年12月20日(火)に金鑽御嶽城に行って来ました、JR本庄駅から神泉総合支所行きのバスで”新宿”下車で徒歩20分で金鑽神社に行けますバスの本数が少ないですが意外とゆっくりと見れました(JR八高線使用より便利ですヨ)。
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金鑽神社の多宝塔です二重塔婆で重要文化財、1534年天保3年安保全隆寄進とか良く戦火に会わず今に残りました。
この神社境内も城郭的な造りに見えます、金鑽御嶽城は天文21年(1552年)上杉山内方の安保氏を北条氏康が攻め取りました、その後永禄12年・元亀元年(1569・1570年)武田信玄が激戦の末攻め取り、翌年武田・北条同盟が成立し北条方へ返還されたのです、武田信玄は元亀3年上洛を目指しますからこの頃が最も充実していたのでしょうか。
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金鑽神社の中門です、御嶽山が御神体では無く社殿後背の御室山(御室ケ岳)が神体山だそうです(勘違い)、全国でも珍しい形態の神社です、本殿が無い古代祭祀なのです。
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神社左脇の方に説明版があり、此れから登ります、階段の急坂の両側に歌碑が沢山並んでいました、芭蕉の碑もありましたね。
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金鑽御嶽城の縄張り図です、上から下がってきています、城は尾根筋を利用した山城です。
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しばらく階段を登ると突き当り左側に鏡岩がありました、確かに岩肌が奇麗に避けて光っていました、断層活動のスベリ面で天然記念物。
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少し登ると尾根筋に出ました、右側から登りました写真正面が山頂方面で左側は法楽寺跡方面の分岐路です、後が東郭です。
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分岐路を左側(東)が東郭で石仏が沢山あります、奥は岩山で左側が弁慶穴、正面が護摩壇・物見岩です。
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岩場を上り詰めると護摩壇と岩場があります、方位版の説明が消えていて読めませんが景色は良いですね、此処は上州と武蔵野の境目です。
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注連縄のある岩山山頂から見た御嶽山山頂です、此れからイザ山頂本郭へ。
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先程の分岐まで戻り尾根筋を山頂方面へ堀切7でしょうか?結構埋もれていますから。
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本郭への虎口(東)此処は土が流れて厳しいですね。
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登るとすぐ本郭です、それ程大きくないですね、すぐ左横が西郭・ワタルセ側への虎口があります、ここは横矢型です、奥の虎口は二の郭側となります、まず、二の郭へ行きます。
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本郭を下り見上げた所です、右側は少し広い帯郭ですが伐採した木々が多数あり・・・此れからこの方面は整備が為されておらず道脇には殆どこの時期でも入れませんね(無理して入りましたが却って全体が見えず)。
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堀切1のうえから二の郭方面を見る、木々が多くあまり先がわかりませんね。
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堀切1を上った所からの二の郭全景、奥に踏み込んでみました先の方が高く櫓跡かも。
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堀切1を超えて二の郭から本郭をみる、本郭は結構高いですね。
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二の郭は北側には土塁がありますネ。
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二の郭脇からの尾根筋に沿うように段々の跡が見て取れます。
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再び本郭に戻り西郭・ワタルセ側へ、まず西郭方面へ下る。
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堀切8で右側が平場2ですが、荒れていては入れませんでした。
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先に進むと西郭があります、結構な段差で登りも横矢掛かり状態ですね。
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再び戻り返してワタルセ方面です、南側です、ここの腰郭は素晴らしいので最後に載せます。
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この高い位置の下にも帯郭があります左から急坂を下りれますが、この邪魔な木を回り込むように下の帯郭に来た敵をほぼ真上から攻撃できる形状が見られます。
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三時近くのバスでJR本庄駅に戻り、折角ですから本庄城跡に行きました、遺構はありませんね。
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城内?の城山稲荷神社の大ケヤキです、樹齢400年幹回り6・3mですやはり足を延ばして良かったです。
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疲れましたが最後にここにもある金鑽神社へ行きました、クスノキの巨木が有るのです、朝バスに乗る前に駅前の観光案内に巨木ありますと尋ねたら教えてくれたのでした、樹齢400年幹回り6mです、カヤの木もあります、暗くなり始めました急いで帰らないと・・・・。

 

2016年12月 8日 (木)

寄居に行って来ました(少林寺)。

2016年12月6日(火)に寄居の花園城址から少林寺に行って来ました、五百羅漢・千体三宝荒神を見てきました。
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花園城址散策後無理やり城外へ出た道が少林寺近くで下方角に間違いなくて良かったです。
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少林寺境内脇から裏山にかけて五百羅漢様が追わします、併せて千体三宝大荒神の板碑が有るので有名です、まず草むらの羅漢様です・・・・羅漢とは仏道修行者で釈迦の直弟子の姿で庶民信仰の中心で段々地蔵菩薩的な存在に変化したみたいです。
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裏山沿いの道端に沢山の羅漢様が。
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それぞれの様子が皆違うので見てください。
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説明は必要ありませんが色々な顔を見せてくださいますね。
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もう一つが荒神様の石碑・・・・板碑と呼んで良いのかな?、ここ秩父では緑泥片岩の板石卒塔婆の板碑が多いのですが。
千躰三宝大荒神王⇒(三宝=仏法僧=仏教徒の意)荒々しく、祟りやすい神様・火と水をお守り下さる神様で災難を除き衣食住に不自由しない・・・・水害火災よけなのです。
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沢山の板碑が乱雑に立っています壮観・・・不気味(暗いときはネ)。
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このお姿が荒神様なのでしょうネ。
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やはり夜は怖くて歩けませんね。
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羅漢様も夜見たら怖いですが、昼間は愛嬌がありますね、しかもそれ程大きくなくかわいいですからネ。
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これはおまけ(?)大宮駅で”撮り鉄”の皆さんが写真を撮り捲るっていたので私もわからずに撮りました”EF65”型で廃止状態の機関車みたいですね?・・・有難味がわからずですが、しかし花園城址・少林寺とも見ごたえがあり良かったです。

2016年12月 7日 (水)

寄居に行って来ました(花園城址)。

2016年12月6日(火)出かける予定は無かったのですが今日は天気が良く暖かいとの言葉に反応し急遽出かけました(殆ど病気だね!)、金さな神社には時間が無いので寄居の花園城址にしました、熊谷から秩父鉄道で寄居へ、何と寄居駅では風が強く雨がパラパラ・・・・・様子見に町役場に入り観光案内で場所を尋ねましたがご存知ありませんでした(お城と言えばここでは鉢形城ですから)。
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パンフレットを頂きまず正龍寺・善導寺・花園城・少林寺・波久礼駅と行きます、この地図には花園城跡がありました。
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チョット道がずれましたが、正龍寺へ。
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此処は鉢形城城主北条氏邦・大福御前の墓と大福御前の父母の15代目の藤田康邦・西福御前の墓があります、藤田氏はこの地方の豪族で関東管領山内上杉の支配下で15代の名門です。
新興勢力の後北条三代目の氏康(8,000人)・河越城主福島綱成(3,000人)に対して上杉憲正(当時23歳)が65,000人プラス古河公方(足利晴氏で嫁さんは氏康の妹)20,000人で河越城を攻めました天文15年(1546年)の事です、このとき有名な河越夜戦で北条方が圧勝しました、・・・その後八王子の大石氏(滝山城)・寄居の藤田氏(天神城・花園城)は北条の氏照・氏邦がそれぞれ養子に入りこの地を収めたみたいですね、ちなみに西福御前は八王子の大石氏からの嫁さんとか。
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藤田善導寺を見城への入り口を探したが見つからず、少し先の諏訪神社に行きました。
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神社を上がり右側に古い木の札に花園城と在りました、此処からわずかな道跡を探りお城の中に・・・冬枯れのこの時期でないととても山城探訪はできませんね。
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道を探しながら城中へ、多分縦堀と思われる道を上がり途中で縦堀と確信しましたね。
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縦堀から脇の土塁?を上ると郭らしく見えますね、少し奥に入ると石積(石垣では無い)がやはりありました、木々が沢山あり全体がわからない状態ですが部分的に今城に居ます。
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縦堀?(堀切状態)で丁字型に堀が組んでありますね、正面は土塁で上は郭でしょう。
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正面左側は行き止まりで上からの攻撃用ですね。
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漸く尾根筋に上がりました、堀切ですね、尾根を分割してあります。
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縄張り図が無いのでボンチ図で東西の尾根筋を5個の堀切で分割しそれぞれの郭の隙間子縦堀とか帯郭状に細かな段々状態で郭を形成、北側は崖状態かあまり構造物がわからず(下は川か)尾根はは岩盤の場所があり堀切も岩場が露出していい状態ですね。
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郭のうえから堀切と向こう側の郭を望む。
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結構な堀切がわかりますか、昔はより深く抉れていたのでしょう。Dsc07713

郭の上からです。
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1の郭です結構細長いですね。
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花園城址の石碑が在りました、昔は案内板等もあったのでしょうかネ、個人の持ち物でしょうかネ、少し手を入れてくれれば有名になるかも・・・・鉢形城だけで手が回らないのか?。
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一番西側の堀切です(一の郭)、この外側は段々状態の小さな郭がとづきますね。
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この堀切(横堀を回り込むと1の郭(左側)をまわり縦方向に降り曲がり縦堀となりますね、結構石積も見られるし規模は小さいが技巧が入った防御構成に見えました、西側の段々の状態を見ながら下りました、道はありませんね。
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少林寺方面からの道から(西側と左側が北側ですね)西側を下り切通の石垣にでたので横に歩き石垣の無い所から道に出ました・・・・・結構大変でしたよ。
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此れは少林寺側から見た御城の全体です北側です、手つかずの城址でした。

 

2016年12月 1日 (木)

新座平林寺に行って来ました(紅葉)。

2016年11月30日(水)新座の平林寺に行って来ました、紅葉時期のイベントで企画しました、丁度天気に恵まれました、此れで雨男の汚名は返上ですね、後はどのくらいの紅葉か?。
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新座駅から野火止用水沿いを平林寺に向かいました、ゆっくりと歩くには丁度良い天気に恵まれましたね、野火止用水は玉川上水からの分水から流れる用水です。
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平林寺の総門です入館料が必要です、紅葉時期なので沢山の人が来ていました。
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総門を入ると紅葉が目に入りました。
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平林寺のシンボルの山門です築350年以上とか趣がありますね。
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紅葉が山門とマッチし趣がありますね。
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境内は奇麗な紅葉が在りました、紅葉が終わりかな・・・と思っていましたが今が丁度いい時期でした。
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半僧坊感応殿と放生池と紅葉です。
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再び山門を感応殿側から見ました。
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この墓は川越藩主松平信綱(知恵伊豆)夫婦の墓です。
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境内の裏山もご覧のような見事な紅葉でした。
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鐘楼です。
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仏殿を鐘楼裏側から見た所です。
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山門裏側にあるコウヤマキの巨木です樹齢500年以上とか。
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やはり奇麗な紅葉で色も微妙で美しいものです、良い時期の紅葉が見れ良かったです帰りも駅前で盛り上がり帰りました。


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