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2017年2月26日 (日)

塩原に行って来ました(渓谷・滝巡り)。

2017年2月23日(木)~25日(土)に塩原温泉に行って来ました、塩原は渓谷美にあふれ滝巡りをしてきました。

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柱状節理の岩肌が見えますね、硬い岩盤が有るため渓谷では滝が出来やすいのでしょうか?、見所のある滝をこれから紹介します。

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竜化の滝の手前にある風挙(ふうきょう)の滝、この奥が氷の為歩けず断念しました、アイゼンを持ってきたのですが昨日は大丈夫なので旅館に置いてきたのが失敗ですね・・・でも無理しないのが一番。

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道路沿いにある”ほう雪の滝”、風挙の滝の流れが箒川へと落ちる所です。

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その道路の逆側が箒川で道路から見た”布滝”です。

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河原に降りて滝脇から除いた”布滝”です、この日風が強く余り近くに拠れずおよび腰で撮りました。

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留春(りゅうしゅん)の滝、道路から河まで下り留春の吊り橋を渡ります、奇麗な滝です。

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少し近くで如何でしょうか。

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正面からシャワーを浴びるように!。

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川は箒川、留春の吊り橋、この後回顧(みかえり)コースから回顧の滝へと向かいました、1時間強の急な山道を登り展望台と思しき所まで行きましたが、下り側に雪が沢山有るので引き返しました・・・山歩きだけしました・・・温泉で疲れを癒せるからマアいいか?。

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最終日再びアイゼンを付けアッタックしました”竜化(りゅうか)の滝”滑る氷をものともせず来ました、如何です見事な三段の滝が岩の隙間から見えました。

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少しアップしてみました、写真を撮れる位置がほぼ固定化されていますからネ、此れから旅館で温泉で暖まり帰りますね、来月は京都に1週間行きます、そこを足場に関西の城郭を巡りますからね楽しみです。









塩原温泉に行って来ました(塩の湯)。

2017年2月23日(木)から25日(土)にかけて塩原の温泉に行って来ました。

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塩原温泉11湯の一つ”塩の湯”です、歴史もあり近所の神社も小さいながら彫り物のある本殿が在りました、矢板の八方ヶ原らの塩の道沿いですが東北の地震で通行止めです、鹿股川の清流沿いで塩原温泉街を流れる箒川にそそぎます。

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鹿股側にかかる仙人岩吊り橋です、今は仙人岩は無いそうですが。

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旧塩原御用邸御座所の裏側の山、天狗岩と周りの山々です、奇麗な岩場ですね、後の辺は岩が多いです。

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この建物は天皇の間、旧塩原御用邸御座所です、明治・大正・昭和が使用と説明版に在りました、裏側が箒川で野立て岩・七つ岩があります。

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此れが七つ岩の奇岩です、規模が狭いですがなかなかの岩ですね、岩が浸食され見事な造形をなしていました、此処塩原は滝も沢山あり見るものがあります。

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此処は塩原八幡宮です、塩原温泉の中心街に近い場所にある神社で八幡太郎義家の伝説もある神社です。

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塩原八幡宮の逆さ杉、連理の御神木で夫婦杉ですが、高い幹に垂れた太い枝が多いので逆さ杉と呼ばれる見たいです。

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樹齢伝1500年以上幹回り雄杉11・5m、雌杉8mとありました。

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立派な杉で存在感が在りますね、此処まで足を延ばして良かったです。

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宿泊先の鹿股川沿いの露天風呂です、私は見ませんでしたが先に風呂に入っていた人が少し前まで対岸にカモシカが水を飲んでいましたと自慢げに説明してくれました、残念です。

今の話の続き、実は此処は混浴ですその話をしてくれたはご夫婦で私も話に加わりました、その話を女房にしたのですが、翌朝女房どのとその奥さんがこの露天風呂でたまたま話をしました、その人が昨日にも”おじいさん”にその話をしたと話したのでピーンと来たそうです・・・・・・私はすっかりー”おじいさん”です。








2017年2月19日 (日)

仏果山に行って来ました。

2017年2月18日(土)に山水会の例会で仏果山に行って来ました、本厚木駅から40-50分バスに乗り仏果山登山口バス停に行きます。
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登山口から階段の山道をグングン上りますね。
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振り返ると宮ケ瀬ダムの上流が眼下に見えますね。
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大きなモミの木が枯れていますね、もったいないですね。
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登りつめると宮ケ瀬越に出ます、此処まで登ると山頂も近くなりますね、帰りには此処まで戻り反対方向の高取山に登ります。
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この乗越までくると仏果山が良く見えます、回り込みながら一度下がりまた登れば良いのです。
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最後の有れた道を上がれば仏果山の山頂(747m)に出ます、この山頂(高取山も)には鉄筋の見晴らし台があり、晴れれば絶景が見えるポイントなのですが・・・・。
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見晴らし台上から見た宮ケ瀬湖です、もっと右側にダムが有るのですがここからは見えませんね。
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此れは丹沢の大山です、立派な山でわかりやすいですね、天気が寒いのですが曇りがちで丹沢山塊は高取山のを見てください。
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昼飯後途中まで引き返し高取山へ向かいます。
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高取山山頂(705m)です、意外と近いですね、以前仏果山何回か来ているのですが思い出せませんね?。
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再び大山です、先程より気温が冷えたせいか山が少し良く見えますね?。
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それでは丹沢山塊の山並みを披露します、雪が見えますね、中央左側のヤヤ高いのが蛭が岳ですかね?。
下りの一部が泥濘で滑りましたね、でも無事に下りバスで本厚木駅に今回は反省会には出ずに私は一人鶴巻温泉駅に。
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そうです此処まで来たのは鶴巻の大ケヤキを見るために好きな酒を断りました、工事中の鶴巻温泉駅横の道を登り最初の信号機を左に見えますネ、見てください立派でしょ。
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如何ですか幹回り10m伝600年の大ケヤキの木です、やはり来て良かったですね、この後は一人寂しく電車に揺られ帰りましたが!。


2017年2月 8日 (水)

長瀞に行って来ました(宝登山の蝋梅)。

2017年2月7日(火)にいきがい大学の美工クラス会で長瀞の宝登山(宝登神社・蝋梅)に行って来ました、晴天なれど風は強かったですね。
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熊谷駅から秩父鉄道で長瀞駅に朝は人が沢山見えていましたね、この駅は古い駅舎で有名です。
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駅前の道を真っ直ぐに行くと火災予防の神様で有名な宝登神社の美しい社殿があります。
今回は全員歩いて登りました、約1時間前後の歩行です。
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山頂近くからツツジがあり、ロウバイの花の香りが漂いますネ。
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武甲山が間近に蝋梅の間から見えました、白い花は白梅です。
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蝋梅園の山頂近くの一部ですが、まだ満開では無いみたいです、早咲き・遅咲きが有るのでしょう。
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蝋梅に囲まれた埼玉の名峰”両神山”です、両神山ヤシオツツジにコノハズク・・・埼玉カルタより。
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もう一度両神山・八丁峠・志賀坂峠・二子山・・左側手前方面は破風山?右側方面は城峯山?かな。
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こちら側は奥武蔵山塊です、正面が大霧山?では・・・昼食の場所です風が来ないで穏やかな散策日和でしたね。
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山頂の奥の宮です、狛犬がここ秩父はオオカミですね。

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福寿草の群生も見られました、一つガアーラガラ、二つフクジュソウ、三つミカンの木・・・お袋のお手玉を思い出します、山頂近くからの景色を眺めながらゆったりとした時間を過ごし同じ道にて帰途につきました。

 

2017年2月 5日 (日)

小田原城に行って来ました。

2017年1月31日(火)に熱海からの帰り道なので小田原城に行って来ました。
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総構は後北条の小田原城下を取り込んだ防御ですね、上杉謙信・武田信玄を攻めきれず、豊臣秀吉も無理に攻めずでしたね。
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小田原城の全体図です、これから堀沿いに大手門馬出門へとまいります。
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二の丸へ入る橋ですが此れは渡りません。
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二の丸の隅櫓と馬出門が奇麗に見えますね。
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馬出門・・・・広場があり高麗門があり中が壁で囲まれた枡形構造で向こう側に内冠木門があります。
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此れが馬出枡形構造の仕掛けです裏側から見た全体です。
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馬屋曲輪から見た二の丸の銅門です此処も枡形構造です正面が内仕切門で大きく渡櫓門です。
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内仕切門を入り枡形の広場次に渡櫓門となります・・・・此処を抜ければ二の丸です。
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二の丸から見た本丸への入り口にある常盤木門です。
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常盤木門でこの奥が本丸です。
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二の丸から見た本丸ですが、本丸の石垣はご覧のように修復はされておりませんね、押し出された形で崩れています、関東大地震で崩れたのです。
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常盤木門の渡櫓側も本丸の石垣はご覧のようですから。
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本丸から見た小田原城です、三層四階の天守に付櫓渡櫓高欄廻縁です。
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少し角度を変えヤヤアップで如何ですか見事なお城ですね。
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今回は八幡山古郭東曲輪から(東海道線の線路向こうから)見たお城です。
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やはり線路わきからの小田原城です。

2017年2月 4日 (土)

静岡に行って来ました(蒲原城跡)。

2017年1月30日(月)に静岡の蒲原城跡に行って来ました、静岡から新蒲原駅へ駅から線路下を抜け山側の東名高速道路をくぐります。

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トンネルを抜けS字状の道路を上がります、見上げる小高い山が蒲原城跡です。

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蒲原城跡の縄張り図です、左側海沿いの大手門側は東名道路ですね、此処も今川・北条・武田の戦で知られる山城(149M)です。

永禄3年(1560年)今川氏の衰退を助け北条氏が駐屯、永禄11年(1568年)武田氏が甲相駿の三国同盟を破棄し駿河に攻め込みます、北条方は一族の北条新三郎を派遣城を改修した、翌年三度武田信玄は蒲原城を攻撃し激戦の末落城・・・その後徳川へとなりますが。
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S字状の道路を登ります、多分この山なのですが立ち入り禁止です、大手口が在るのでしょうが?。
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少し上がると山への道が私は案内板が在りませんが、此処から上がりました、もう少し先が正規の搦め手口の上り路です・・・・帰りにはそちらに下りました、城の脇腹をジグザクに上りました。
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漸くそれらしい場所まで上がりました、間違わず良かったです、正面先が善福寺曲輪ですがまず先に本丸(左側)に上ります。
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本郭南曲輪と在ります、ようやくつきました。
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此処が本郭です、社があります、左右は谷間の旧坂ですね、、社の後側が大空堀で向こう側が善福寺曲輪側です、富士山もあります。
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本郭入り口からの景色です・・・この下側が大手口です・・・今は降りられない?。
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平らな所が善福寺曲輪間に空堀・・・・向こうは富士山です、山間の堅固な山城です。
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此れは本郭脇です・・・武者走りですかね?。
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本郭南曲輪をおり善福寺曲輪へ・・・尾根を堀切で分けたのですね・・・・こちらがわは一時期観光用に整備した見たいですね。
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善福寺曲輪の全景です、逆茂木・見張り台風建物が2か所あります、向こう側は谷間でした。
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善福寺曲輪から見た町がわです東名高速道路が在りますね、あちらがわから登ってきたのです。
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善福寺曲輪の下側に回り込むようにある腰曲輪です、石垣?石積が少し見られます、土塁もありますが?。
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腰曲輪を回り込みました善福寺曲輪への上り口がこちら側にもありました、上から見た時には気が付きませんでした。
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搦め手口を下ります、空堀等の防御が見られますね。
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漸く正規の?登り口に着きました、この後道を少し間違え別のトンネルをくぐり蒲原宿へと出てしまいました・・・駅にタクシーが居りました往の時にはいないので急いで歩いたので疲れました、此れで本日の予定が終わり明日は小田原城にイザ見参。

2017年2月 3日 (金)

静岡に行って来ました(浅間神社・若宮八幡宮・駿府城)。

2017年1月30日(月)に静岡に行って来ました(浅間神社・若宮八幡宮・駿府城)、東海道原駅で興国寺城跡を散策し静岡駅へ、観光センターで浅間1丁目と言ったらその前のバスです・・・・・浅間神社に行ってしまいました以前この神社にきた覚えがありましたネ、バス停近くの交番で向こうの方と教えられたのでとりあえず神社を巡りました(このバチあたり目)。
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神社境内で見た巨木を・・・・・・実は静岡に巨木を見に来たのです東静岡の伊勢神明神社に大クスノキが有るのですが迷って此方の静岡若宮八幡宮を選択したわけです。
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八千戈神社です入母屋造り銅瓦葺の極彩色を施された奇麗な神社です・・・此処駿府(静岡)は徳川家康が隠居の住まいにした城下町ですから。
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この地賎機山(静岡の名前の由来)の浅間神社には幾つかの神社がありますよ、此れは大拝殿(二階拝殿)楼閣造りの珍しい社ですね。
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少しアチラコチラしましたがありました浅間町1丁目の若宮八幡宮です。
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大クスノキです樹齢伝2000年幹回り10mです。
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見てください落雷で主幹を失い焼け焦げ大きな空洞ですが、樹勢が良いのがわかりますね。
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回り込んでみましょう、如何ですか?。
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アップに充分な見事な枝ぶりが健在ですね!。
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昔徳川家康が鷹狩の途中この木陰で休憩しこの木を愛でたと言い伝えがあるそうです。
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徳川家康の隠居所の駿府城坤櫓(ひつじさるヤグラ)と中堀です、今川氏の領国支配の中心地で家康は人質として此処駿府で暮らしたのです。
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駿府城中堀です、この中本丸を囲み内堀があり、市役所の外側に外堀が在りますね、輪郭式平城です。
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巽櫓と東御門です・・・・・結構この地で時間を使ったのでやはり東静岡を飛ばして此れから新蒲原駅へ戻ります、蒲原城跡を尋ねるのです。

2017年2月 2日 (木)

静岡に行って来ました(興国寺城跡)。

2017年1月30日(月)に熱海の温泉場から静岡の城郭巡りをしてきました、まず東海道の原駅で下車しタクシーで根古屋地区へ。
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興国寺城跡の縄張り図です、愛鷹山の裾野を利用した蓮郭式平山城で両サイドは池の防御ですね。
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左側から見た三の丸付近奥が二の丸です、此処は北条早雲(当時は伊勢新九郎)が今川家の客将の時家督相続の争いで活躍し最初に得た城です、その後伊豆の堀越公方を滅ぼし伊豆の領主となり韮山城に移り関東進出となりますね。
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此れは三の丸右側から見た二の丸側です、この右側は蓮池側です・・・現在は低地ですが水は見えませんね。
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城の真ん中に道路が走り本丸の穂見神社の突き当ります、右側にある土塁が二の丸の境で左側は盛り上げた土塁が今はありませんね。
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二の丸の端から見た本丸です、土塁が本丸を遮断していたのでしょうが今はありませんね、本丸の穂見神社が丸見えですからね。
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二の丸・本丸の区分けがわかりませんね、本丸は脇を土塁で固めて奥の一段高い土塁が天守台です。
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穂見神社の脇から天守台へ神社裏に石垣の一部が見られます。
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天守台跡地です基石?、それ程広くなく左右に土塁が伸びています。
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天守台の裏側は見事な空堀です、後北条の城は土塁空堀の土木技術ですね。
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奥の隅櫓跡から見た本丸・二の丸・三の丸の全景です。
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同じ場所から天守台方面を振り返りました。
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天守台脇から見た北の丸です、手前は大空堀です、北の丸下は新幹線が走っています、北の丸右側は堀が在りその向こうに清水曲輪があります。
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土塁反対方向から見た本丸・二の丸・三の丸方向です、左側が蓮池側です、手前左側を下り北の丸・大空堀に向かいます。
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北の丸から見た天守台です。
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空堀のなかです、左側が本丸側です。
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もう少し進んだ場所ですが、昔はこの先下は船着き場で池に囲まれていたのでしょう・。
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此れが蓮池です、左側が三の丸奥が船着き場北の丸、右側奥が清水曲輪です。
此処は北条武田今川との微妙な関係で変遷します、北条:武田信虎=今川義元、北条氏綱侵出で北条支配下その後今川に、永禄11年(1568年)今川滅亡のち氏政・氏邦が奪回、その後武田・徳川へとなります。
帰りは駅まで歩き次は静岡駅まで行ます。

 

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