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2017年3月28日 (火)

蓮田市の慶福寺に行って来ました(エドヒガンザクラの枝垂れ)。

2017年3月27日(月)夜、慶福寺のエドヒガンザクラが満開との事で急遽見に行って来ました、昼過ぎまで雨が降っていましたが、夕方から晴れ間が・・・・やや寒かったですが。

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平日で昼間雨でしたが、他に2名程写真を撮っている方がいましたね?。

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ほぼ満開?ですかね、まだ開ききっていないですか?、まだまだ雨でも散りませんね。

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枝垂れの枝が刈られたのでしょうか?、余り垂れていませんネ。

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如何でしょうか、ライトアップされた桜・・・幽玄の闇に溶け込みます・・・(何のことか?)。






2017年3月27日 (月)

結城に行って来ました(結城城跡・近辺のお寺)。

2017年3月25日(土)笠間城跡の帰りに結城に拠りました、帰り稲田の西念寺に行く予定でしたが降りるのを忘れてしまいました、結城の観光協会で情報を得ました。

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歩いて20分強ぐらいの場所に結城城跡があります、田川と鬼怒川が合流して堆積平地に突き出した台地の上に空堀を設け5区分の城郭です(土橋・木橋で連結)・・・平城ながら周辺を沼や深田に囲まれた防御力のある城ですね。

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空堀跡ですね、結構な幅ですね、当然今は埋まって浅いですが。

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城跡の本曲輪・・・桜祭りが開催ですが、まだ花が無いので先送りでしょう。

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台地のイメージが湧きますかネ?。

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此れは田んぼ側です、結構な高さが在りますね、ここ結城氏は関東の名門です、有名なのは18代結城秀康・・・後の越前福井藩主です、数奇な運命の人です、徳川家康の次男として生まれましたが、豊臣秀吉に乞われ養子になり豊臣秀康、小田原攻め後再び養子に出され結城秀康となります、関ケ原の戦いで上杉軍を抑えた軍功により越前68万石をプラスされたのです・・・・この城は何人かの藩主がその後変わりましたね。

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これは何ですかネ、堀と橋が作られお城の入り口を創出したものでしょうか?。

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結城の街にはお寺が数多く見られます、幾つか帰り道周辺拠ってきました、弘経寺の山門です。

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弘経寺の本堂です、秀康の娘松姫の菩提寺です。

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孝顕寺の本堂です、結城水野家の菩提所、秀康により再建ともありました。

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水野家の墓です。

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称名寺の本堂です、結城家初代朝光の供養塔が左側にあります、今日は天気に恵まれ(天気が良い予想で出かけたのですが)佐伯の山歩きでは汗をかきましたが夕方はやはり寒くなりましたね、明日は雨とか?・・・・・。







2017年3月26日 (日)

笠間に行って来ました(笠間稲荷・笠間城跡)。

2017年3月25日(土)天気が良いとの事で笠間(笠間稲荷・笠間城跡)に行って来ました。

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笠間駅から見た佐伯山(標高182m)です、笠間城のあるお城山です、意外と厳しい山ですよ。

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観光案内所で情報を入手駅前の通り真っ直ぐで笠間稲荷神社へ、そこから横方面で城山を目指します。

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笠間稲荷神社です、朝から人がお参りに来ていました。

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神社裏手から本殿を見ました、見事な彫り物に飾られた本殿ですよ。

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笠間城跡はお城山と呼ばれる佐伯山(182m)にあります、ツツジ園との間の道路(坂本九歌碑がありました)を上がり大手門跡から入城、此れは中門?・二の門跡ですかね、新しい道路と旧の道とが交差し削られたり・・・。

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此れは本丸への玄関門跡ですね、大手橋・大手門・中門・二の門・玄関門=>本丸となります。

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本丸です、山城なのですが結構広いのです。

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本丸奥に土塁があります、土塁の上に八幡台櫓跡とあります、天守はこの脇左側奥です。

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今の城域は1598年(慶長3年)蒲生郷成が3万石で入城し整備、その後城主が変わり、牧野8万石で落ち着いたそうです。

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八幡台櫓跡です。

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八幡台櫓横の奥本丸脇からが天守への入り口です、木橋でもあったのですかネ?、向こう側には天守門ですね。

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天守への登り口です、此処が天守門跡ですね、横の巨木(スダジイ)は皮だけで支えています、中は全くの空洞でした。

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天守の石垣です、大地震で一部石垣が崩壊したのです・・・・修復は?。

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石階段を上り詰めました階段脇の石垣が崩れたのです・・・左側は大丈夫です力のかかる方向ですね。

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石垣の上に上ります、やはり一部石垣が崩れていますね。

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山頂の神社の社の石垣・壁が崩れていますね、昔は此処に二層の天守がそびえていたそうです。

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山は低いですが天然の地形を巧みに利用した山城です、搦め手から下山山麓の広場には武家屋敷跡が在りました、城跡の遺構が沢山あり感動しました。












2017年3月25日 (土)

観音寺城跡・近江八幡に行って来ました。

2017年3月18日(土)雨で流れた観音寺城跡・帰りに近江八幡に行って来ました、観音寺城は安土駅から自転車で桑実寺往復します。

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桑実寺の門です、石の階段が続きます、このお寺の敷地の山(繖山(キヌガサ)=観音寺山)を登り切り向こう側に出るのです。

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見事な石階段を上るのです、お寺はまだまだ先なのです。

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漸く本堂に出ました、此処から右側の本格的山道へと入ります夏は山城散策に向きませんね、桑実寺(クワノミ)は西国薬師第46番霊場で南北朝時代の建物の古刹です。

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20-30分上ると堀切の切通があり山頂を回り込むように歩くといきなり本丸の虎口の石垣が現れます、正面奥が本丸、右側下に水の手井戸が在りました。

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石に囲まれた井戸です上が今歩いてきた道です、この水は左上の山頂から来るのでしょうね?。

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石の門を入ると碑があり観音寺城本丸どわかります・・・・いきなり本丸へ、しかも山頂ではありません、この右側の細い道を少し行くと観音正寺があります(北側の尾根ですね)。

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本丸から他に行く道が無いので正面の階段を下ります、此れが正しい道ですね、山頂で無い所に本丸があり裏道から本丸に出たので慌てましたね。

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階段を下りると腰曲輪状態の道が続きます。

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道脇に石垣が出てきましたね。

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此れが伝平井の石垣虎口でしょう、石垣がみごとですが?、石壁の仕切り壁です、防御用?。

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右側が大手道で今下ってきた道です、確かに奇麗な石垣には驚きますね。

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石垣の内部です、奥の左上が本丸方面です、大きな屋敷の敷地ですね。

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なおも下ると伝池田の曲輪へこの道は大手道でした、観音寺城は佐々木源氏の六角氏のお城です、山に沢山の曲輪が石壁で仕切られて、織田信長の安土城の各割り当てられた部下の居住地域に類似したものですかね?、織田信長に攻められた時も六角義賢・義治は支城を落とされると逃げ無血開城ですから防御性は悪いのでしょう、いずれにしろ従来の感覚に無い山城での石の文化に来て見て良かったです。

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安土から近江八幡へ寄りました。

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豊臣秀次のお城がある八幡山のお堀である八幡堀です、テレビ映画の撮影スポットです。

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時間が止まったような川岸ですね。

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ひむれ八幡宮の山門です。

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ひむれ八幡宮の本殿です、時間が無く八幡山城跡には残念でしたが行けないのでここから帰りました・・・・・結構疲れましたが色々なお城に触れられた有意義な旅でした。















2017年3月24日 (金)

丸岡城・越前大野城・福井城に行って来ました。

2017年3月17日(金)福井に行って来ました、既存天守12個の一つ丸岡城・越前大野城・福井城です。

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昔の丸岡城との事、今は町中の小高い丘にポッツンとある感じですね、福井駅からバスで40-50分行った福井県坂井郡丸岡市です。

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連郭式平山城で二重三階の独立式望楼型の天守です、一時国宝指定でしたが、福井大地震で倒壊し重要文化財です。

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柴田勝家の甥の柴田勝豊築城で既存天守で最も古い建築とか、石垣も野面積ですね。

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幾つかの特徴がありますが、屋根瓦は寒い国なので割れない様石瓦だそうです。

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天守から見た丸尾の町です。

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建物と石垣の隙間にある腰屋根です・・・雨・雪が中に入らない仕組みですね、これで既存12天守すべて行きました・・・・でも幾つか写真が在りませんがね、また行く機会があるかも!。

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福井に戻り越前大野城に行きました、交通が不便(2時間に1本)で行はバスで1時間、帰りは電車で50分位でした。

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町中から見上げた越前大野城です、ここも天空の城(竹田城址が有名ですが)で靄に浮かぶお城として売り出し中です、連郭式平山城で連結式望楼型で二重三階の大天守と二重二階の小天守からできています、隣の山から見るコースが案内に在りましたネ。

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急な山を登ります、なをも天守にかけて階段を上ります。

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小天守側から見た所です。

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此れも小天守脇下の石垣から見上げました、奥が大天守、左側が入り口の場所ですね。

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本丸から見た越前大野の街です、周りの山々は美しく雪をまだ頂いています、お城の中にはまだは入れません(冬季休み)ですから。

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石垣も荒々しい野面ですね、織田信長の武将金森長近が築城者です。

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本丸から見た石垣と天守全景です、美しい城ですね。

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この町に朝倉義景のお墓もありました、湧き水も町中にあり美しい街並みです。

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JR福井駅近くにある福井城です、石垣がありますね、福井駅前の観光センターで親切にお世話になり、お蔭で丸岡城・越前大野城・福井城を見学し帰り時間まで教えて頂きました感謝です。

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堀と石垣ですね、柴田勝家・結城秀康(徳川家康次男ですが・・豊臣家に養子、次に豊臣秀吉に関東の結城家に養子に出された人です、秀忠の兄貴です)の居城です。

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福井城大手門です。

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城内左奥に天守石垣が在りますね、今この辺り工事中で何か復元されそうですね?。

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天守台の石垣です。

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復元された?御橋廊下です?。

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これは少し離れた場所にある(三の丸跡?)柴田勝家の北ノ庄城跡と在りました、流石に京都ー福井往復による見学には疲れましたです、明日はいよいよ帰りですが以前雨で中止・今回も雨で流れた観音寺城に行きたいと思います。


















2017年3月23日 (木)

比叡山・三井寺に行って来ました。

2017年3月16日(木)は比叡山延暦寺・三井寺に行って来ました、最初京都八瀬ルートで行く予定でしたが、冬季休業との事で急遽琵琶湖坂本ルートに回りました、坂本は明智光秀の本拠地で城跡にも行こうかな・・・・観光センターに尋ねたら少し遠いのと湖に石垣が沈み跡地の碑のみ・・・他にも此処大津近辺は城跡(大津・膳所)が無いそうです諦めました。

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坂本駅から続く日吉大社前の道横で見つけた、大将軍神社の坂本スダジイの巨木です、樹齢300年以上幹回り5mと在りました、根元が露出して立ち上がっています。

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坂本ケーブルです、日本最長2025m11分かけて山頂駅へ。

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ケーブルからの車窓景色琵琶湖が眼下に・・・・途中は余り景色が見えませんネ。

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比叡山延暦寺の案内図、大まかに東塔地区・西塔地区・横川地区・・・今回は東西のみです。

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比叡山延暦寺と言えば有名な根本中堂(国宝)・・・修復中で建物は良く見えず・・中には入れますが、足が冷たいです。

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此方が玄関口にあたる文珠堂です、裏側から入りましたが、根本中堂の正面にあります。

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阿弥陀堂ですか?、多分昨日の雪ですね春の雪ははかなくもすぐ消えます。

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東塔です・・・・説明する内容がないので、しかし、この時期は人手が少ないので助かりますが(シャトルバスは冬季運休中)、お蔭で西塔地区にゆっくりと散策出来ます。

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浄土院・・・伝教大師の廟だそうです。

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にない堂(法華堂・常行堂おなじ形の堂が渡り廊下で連結されています)。

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釈迦堂です・・・この後行く、三井寺(園城寺)の金堂を移築したものです、ここから再び戻り三井寺へ。

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三井寺の案内図です、見るものも沢山ありました。

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仁王門です。

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金堂です・・・やはり釈迦堂に似ていますか?。

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金堂の前脇に杉の巨木が在りました、天狗杉です樹齢1000年、幹回り4mの存在感のある赴きな神木です。

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一切経蔵と三重の塔です。

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一切経蔵内保管庫ですよ、美しいかったですね。

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此処は西国第14番札所園城寺の観音堂です、時間を過ぎたのですが線香を挙げさせて頂きました、燃え尽きるまで待って頂き感謝です、お参りの同行方にお参りの作法を教えて頂き合わせて感謝です。

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観音堂裏山の展望台に上がりました、素晴らしい近江の海(琵琶湖)が良く見えました。

















2017年3月22日 (水)

福知山城・園部城・二条城に行って来ました。

2017年3月15日(水)今日は朝から雨で当初予定の観音寺城(以前も雨で敗退2度目です(泣き))・明石城から山城を避けて京都福知山城にしました、途中から雨が雪に変わり辺り一面真白になりましたネ。

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京都福知山盆地の横山に築いた連郭式平山城で外観復元した複合・連結式望楼型です、ご存知明智光秀の城です、居城が琵琶湖坂本にあり丹波進行の拠点ですね・・・此処から今日へ本能寺の変につながります。

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二重二階の小天守と三重三階の大天守からできていますね。

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大天守を本丸広場から見た所です。

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本丸の川側から見た大天守・入り口・小天守です。

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同じ川側ですが、小天守側から見ました。

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大天守から見た福知山の川側です、川が見えますね由良川と土師川の合流点だそうです。

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本丸を降りて堀外から見上げた所です。

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市役所裏の高台伯耆丸から見た福知山城の全景です、城の手前は二の丸で山が今は削られて民家が建ち並んでいます。

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京都と福知山の中間の駅園部、駅待ちしていたらお城(小出吉親)が有るとの事で30分程歩いて見に行きました、園部城址です。

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遺構は殆どありません、今は学校で櫓門は校門としてそのまま使用してますね、あと巽櫓がある平山城です。

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校内から見た櫓門・巽櫓です、無断で入りました・・・卒業式ですかね!。

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学校横から後ろにかけて園部公園なのです、公園に立派なお城が有りましたね、思わず撮りましたが南丹市国際交流会館です・・・・海外から来た人は嬉しいでしょうね?。

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帰りに二条で降りてお堀端を散策しました、京都の雨・・・不思議ですね、雨が晴れていても振り出したり良くわからない天気です虹も見えましたが、これは二条城の西南隅櫓(現存)です。

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此れも似ていますが東南隅櫓(現存)で奥に見えるのが東大手門ですね。

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これは北大手門?、今回は時間切れで中に入れず堀端を散策しました。














2017年3月21日 (火)

伊賀上野城・郡山城・京都東寺・本能寺に行って来ました。

2017年3月14日(火)に近鉄線沿線の伊賀上野城・郡山城帰りに京都の東寺・本能寺に行って来ました。

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伊賀は忍者の里電車の棚の上にもいましたが駅にも・・・途中の駅名にも名張・赤目とか忍者で有名な地名が出てきました・・・・此処は三重県上野市です。

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俳人の松尾芭蕉もこの地の出身・・・忍びとの仮説が出ていましたね?。

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私は伊賀上野城に来ました、大阪城包囲網の為ここにも強固なお城を構築必要があり藤堂大学高虎に城を改築させました・・・・以前の城主・筒井定次は失政を挙げられ領地没収の憂き目にあいました、大阪方との闘いに備え西側に日本一二の高石垣(29・7m)を築いたのです。

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本丸高石垣から見た堀がわです、三方が石垣で東側は築かないです・・手を抜きました。

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本丸の天守です、実際は完成まじかに暴風で倒壊し大阪方との戦いには間に合わず天守は築かずとのこと。

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此れは二の丸側の石垣です。

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堀側から石垣を見上げた所です。

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本丸に建つ天守です梯郭式平山城で層塔型三重三階で付櫓がありますね、昭和10年木造での模擬天守ですが、随分昔に作りましたね。Dsc09914

付櫓側からややアップで如何でしょうかネ!。

次に奈良県の郡山に行きました、この地も筒井順慶・定次とも関連の地ですね、奈良は松永久秀が有名ですね・・・敵同士です、1585年(天正13年)豊臣秀長が大和・和泉・紀井三カ国100万石になり此処に住んだのです1595年(文禄4年)秀長・秀保(急死・・暗殺説もあり)断絶しました。

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二の丸は学校で石垣・堀以外は最近のものですね。

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追手(大手)東隅櫓と多門櫓です・・・城内から見た所。

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此れも城内から追手門です。

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追手向櫓です。

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本丸天守へ渡る橋門跡です、そのうち橋が出来るかも?。

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堀の外側から見た追手向櫓・追手門ですね。

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追手門から離れて見た、追手向櫓・追手門・追手東櫓?です。

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線路がわから見た追手東隅櫓と多門櫓です。

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線路先の踏切を渡ると堀・石垣もあります、この先の空堀は現在道路拡張工事で埋められていましたね!!!。

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此れが内堀に囲まれた天守台の石垣です、見事な物ですが、如何ですか。

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帰りに京都の東寺(世界遺産)を見ました、東寺(正式名は教王護国寺)です、京都の駅に近いです。

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金堂(焼失後豊臣秀頼が再建)と五重塔(焼失後徳川家光が再建)(どちらも世界遺産)です。

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美しい塔ですね、わが国で一番高い五重塔で55mです。

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ホテル脇の本能寺です、信長の本能寺の変後、豊臣秀吉の命で今の地に遷ったそうです、京都区役所も本能寺敷地で当時は広大な敷地だそうです。

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織田信長公の廟です、この脇の小路を抜けるとホテルです。

明日は天気が悪いので行先を検討せねば・・・・・。























大阪城に行って来ました。

2017年3月13日(月)に大阪城に行って来ました、和歌山城にまず行き帰りに大阪城公園前に出てお城の周りを1周半程歩き散策しました、大阪城には40数年前に来ました此れで3度目です。

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この地図の下の方から外堀・内堀を回り極楽橋を渡り本丸へ桜門・二の丸・西の丸・大手門・外堀を見て回りました、天守は凄い混み様で階段歩きでは汗が出ましたね。

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大阪城=豊臣秀吉ですが、この大阪城は徳川幕府が築城の名人藤堂大学高虎が指揮し大増改築後のものですネ(秀吉のイメージを拭えたのか?)。

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大阪城ホール側の青屋門から入場です、入ると左側が梅林ですがお城がみずらいです。

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極楽橋脇から見た大阪城裏側です、橋の先が山里曲輪でその先に本丸です。

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山里口門出枡形跡(本丸への入り口)から見上げた天守です8階です。

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本丸脇から見た西側の内堀です、一段と低い石垣が帯曲輪で山里口脇の隠曲輪ですね(見えない所に武者を隠)、此処に抜け穴が在ったとの話も?。

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本丸から見た正面の天守です唐破風が無く千鳥破風です、正面の石垣は出口の盾ですね。

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天守8階からの眺望です本丸正面がわです、奥右側は六番櫓です、見えませんがその右側が大手門側です。

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本丸正面の枡形の石垣です有名な蛸石(他に振袖石とか巨石です・・・これらは徳川時代の石です・・・岡山藩池田忠雄が添えたものです、権力のシンボルですね。

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此れは大手門枡形構造の石垣です大手見付石・・2番石・3番石とか小豆島から切り出し運んだのです。

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大手門をでて南外堀から見た千貫櫓・多門櫓大手門です・・・これらは江戸時代の遺構ですわずかに残った貴重な遺産です。

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此れも当時1620年代の6番櫓です、見えませんが奥左側に1番櫓があります、高石垣の雁行が複雑な強固な防御を築きその上に2-5番の櫓が在ったのですね・・・・これで本日は京都に帰ります。








2017年3月20日 (月)

和歌山城に行って来ました。

2017年3月13日(月)今日から京都市役所前のホテルから毎日周辺のお城巡りを実施します、今日は和歌山城・大阪城に行って来ます、JRでの移動は青春18キップを使用します今回3回使用しました、しかし、山小屋発ではありませんが、朝早くから移動を原則したので最後は疲れ切りましたね!。

京都大阪間は簡単ですが、大阪駅は複雑で馴れない私は疲れますね、本当は岸和田城にも行きたいのですが時間が足らないので諦めたのです、和歌山の駅前の観光センターで情報を入手しイザ和歌山城へ。

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バスで和歌山城大手門前へ、最初豊臣秀長が藤堂高虎を普請奉行にし岡山の峰(虎伏山)に築いた近世城郭です、秀長は大和郡山を居城にした為此処は城代がいました、関ケ原の戦い(1600年)の後、浅野幸長が37・6万石で入り増築し今の連立式天守閣を建てたとあります、その後徳川家康の十男・頼宜が徳川御三家の紀州藩として収めました。

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上の地図の左下から入ります堀と大手門口ですね、当初市之橋=>一の橋。

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大手門を入り左側の土手上から見た堀です、随分と大きな堀ですね。

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左側が二の丸ですね、この石垣の上に大きなクスノキがあります、此処は一中門跡です、正面が大手門です。

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此れが大クスノキです、樹齢450年幹回り7mと説明が在りました、枝ぶりが見事ですね。

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表坂登り口です、石垣は殆ど野面積み(自然石をそのまま積み上げる)ですが、打ち込み接ぎ(石の正面を加工・・浅野時代)、切り込み接ぎ(石を精密に加工して積み込む)も見られますね。

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見てくださいこの荒々しい石垣打ち込み接ぎですか?隅が算木積みたいですね。

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和歌山城天守です、左側が大天守・右側が小天守です、連立層塔式梯郭型平山城三重三階です・・姫路城・伊予松山城も連立式ですね。

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天守裏側から見た所です奥が小天守です。

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再び回り込み、天守への入り口です、左側から二の門櫓・楠門・多門ですね。

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多門櫓から大天守です、城内を回るころから雨が降り、レンズが水滴で大分写真が撮りそこないました反省です・・・・焦らず早めに傘を差せば良いのですが・・・・。

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楠門を入り天守の庭内へ乾櫓(北西(戌亥))です。

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楠門(右側)の枡形を登り小天守・大天守を見る、此処は国宝でしたが戦災で焼失、その後忠実に復元されたのです。

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大天守の最上階から見た天守です菱型ですね、右側が乾櫓・二の門櫓・楠門、それぞれを多門櫓でつないでいます、小天守は右側ですね、奥が紀の川ですかネ。

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江戸時代初期のままの岡口門です、築城時は大手門だとか。

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城外から見た岡口門です。

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岡口門脇から見上げた和歌山城です、此方がわからわ大天守のみですね。

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再び二の丸方面へ回り込み、裏坂登り口です、此処からはお城がみえます、左側が二の丸側・西の丸側です。

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此れは二の丸と西の丸(堀の奥側)をつなぐ御橋廊下です、殿様とお付きの女性たちが行き来するのを外から見られないように作られた部屋のような橋です。

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この二の丸から見上げた和歌山城全景です、大天守・小天守・多門櫓・乾櫓です。

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よりアップでの大天守・小天守です・・・・・・如何ですか。

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此れは西の丸の堀内を庭園化したものです・・・・この後飯も食べずに大阪城を目指します、今回2000枚弱の写真を撮りましたが、雨で駄目とか整理するのは此れからなのでおいおいとやりますからネ。




















2017年3月19日 (日)

京都に行って来ました。

2017年3月12日(日)から18日(土)にかけて京都を中心にその周辺を遊び歩いてきました、地下鉄京都市役所前近くの(本能寺脇)京都ロイヤル&スパホテルに6泊です、写真の整理をしながら掲載しますが、まず12日(日)の午後からです。

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ホテル着後歩いて祇園・河原町・八坂神社・高台寺・清水寺界隈を散策しました、鴨川です。

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河原町から祇園へ八坂神社へお参りしました。

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高台寺です、豊臣秀吉の北の政所(妻)ねね(高台院)が晩年を過ごしたお寺です、ねねの道(八坂神社から清水寺)には人が沢山ですね、ライトアップが行われるので夜も人が途切れませんね。

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高台寺から見た祇園閣です、屋根が祇園祭の山鉾のような建物です。

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高台寺の庭園です臥龍池です、架かる橋を渡るつもりで来たのですが時間切れで渡れませんでした・・・あと10分前位に着ていれば残念です(特別なのです普段は当然渡れません)。

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此れも庭園の一部です、山がわにも散策しました、利休さんの茶室等もありました。

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その後、清水寺へ暗がりの胎内くぐり(馬鹿にされたような仕掛け)もしましたが、お堂を修理中なので写真も迫力ありませんが、ライトアップされたお寺です。

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此れは何だ?、清水寺の池です木々が池に写り池の奥深く吸い込まれるように見えるのです、あまり見ない内容なので?。

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祇園のシンボル・・・・八坂の塔です、やはり八坂神社と清水寺の中間の法観寺の五重の塔です、明日から始まるお城巡りが楽しみです・・・・期待してくださいね。







2017年3月 5日 (日)

伊奈氏屋敷跡に行って来ました(伊奈町)。

2017年2月28日(火)に近所の伊奈氏の屋敷跡に行って来ました、此れまでも何回となく見てきましたが・・・・陣屋跡ですが、その前のお城跡が色濃く残っていると私は思っていますが。

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伊奈町にある屋敷の航空写真です、東西350m南北750mの楕円形で丘陵地帯で周り全てが沼・湿地帯です。

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航空写真と合わせた縄張り図で説明します、原市沼・原市沼川(伊奈町・上尾市の境目)・大宮上尾支台の丘陵地隙間の低地の湿地帯に囲まれています、現在は原市沼の上を新幹線(ニューシャトル)が走り沼の面影が薄れていますが低地はそのままですね。

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表門の写真Aのところですね、木々の前は時々枯れますが池(堀)ですね、入り口は左側に回り込みます。

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上の写真の右側を回り込んで藪の中を見ると明らかに堀と土塁で囲まれていますネ。

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入口から少し入ると二の丸です、奥の家の向こう側に二の丸と正丸(本丸)を分ける土塁が在りますね。

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此れが二の丸側から見た土塁です。

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二の丸から本丸側に入り見た土塁です。

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本丸の端の方ですね左側が原市沼側です、奥が新幹線で林の中に頭殿権現社があります。

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沼がわから見た頭殿権現社です、沼に沿って土塁が見て取れます。

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丘を堀切のように切り裂いてあるのがわかりますね。

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屋敷内の道路を掘り下げ土塁の周りを回り込める仕組みが見えます。

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此れは二の丸側の広場脇の土塁ですね、右側を降りると湿地帯へ出ますね。

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少し下がり振り返ると空堀が見て撮れますね、右側は二の丸側ですね。

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湿地帯まで居りました、今は余り水気が在りませんが、かなりの低地なので当時は簡単には入りないと思いますが?。

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写真Bの裏門側です、やはり低地ですよね、右側のやはり空堀が見えますね。

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此れが空堀と土塁です、私はこちら側が当時の裏口がわかな?とか思えますが?。

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裏側出口の右側広場・・・障子堀(北条氏の築城方法)が有る場所です、右側が上の写真の空堀が有る場所ですね、その先から向こう側の高台に橋を架け裏口にするのが素直かな??。この下は原市沼が脇まで水を称えていたかも?、いずれにしても伊奈氏の屋敷前には北条氏の川越城・太田氏岩槻城とのつなぎの伊奈城跡ですね、重なるから難しいですね。













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