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2018年5月16日 (水)

烏山城跡に行って来ました(栃木県那須烏山市)。

2018年5月15日(火)に宇都宮からJR烏山線で烏山の城跡に行って来ました、明治に廃城になりましたが山城の為遺構が当時の面影を良好にとどめていましたね。
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城の東山麓の居館(三の丸)寿亀山神社方面から見た、左側の山が毘沙門山(展望台)で一度下がり右側が八高山(標高206m)で烏山城です。
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上の写真と同じ角度の縄張り図です、ただし毘沙門山は左側で左脇中央へ出てきます。
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もう一つ全体の縄張り図90度回転ですが、下の方から上がり反時計回りに城跡を見て歩き最後に右脇に下りました。
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烏山駅から歩き役場の観光課で情報を仕入れ隣の八雲神社からいざ登城です。
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八雲神社右脇の道の階段から山中へしばらく急な階段が続きます。
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山頂直下の急階段です、脇に不動明王が。
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毘沙門山の山頂の展望台・・・・・。
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烏山市内が眼下に見えます、山城の条件一、見晴らしがよいです。
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見晴らし台を過ぎて少し行くと中継アンテナと戦時下の防空監視跡?が此処が筑紫山199mで此処から下りますね。
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しばらく下ると筑紫山と八高山の鞍部にでます、明らかに堀切状態で右側に回り込む山道です、正面は多分太鼓丸でしょう。
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回り込むと三の丸からの登城口(大手口)でした左側が本丸方面、右下が七曲りから三の丸です。
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大手口を少し上ると堀切での分断した常盤橋(車端)跡にでます、昔は木橋?ですかね。
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常盤門・常盤曲輪を通り本丸手前に差し掛かります、吹貫門跡です、横矢掛かりが出来る体制の石垣が築いてあります、荒々しい野面積みの石垣です。
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吹貫門を抜けると左本丸・右側が搦め手口方面との分岐になります、正面の切岸は本丸(二の丸)の土塁ですね。
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まず本丸手前を搦め手方面へ塩蔵櫓ですね。
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本丸(二の丸)と古本丸(本丸が火災にあいその後二の丸に機能が移転)を分断した堀切です。
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古本丸と中城の堀切がありなおも進むと搦め手の桜門へと出ました。
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桜門の北側には北城の曲輪があり土塁・空堀で囲まれていますね。
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主郭への上がり路で中城への登り口です、堀切分割、右側が北城側、正面奥が大野曲輪・西条若狭曲輪とぐるりと本丸を取り囲んでいますね。
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いよいよ中城へ入りました。
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中城と古本丸との間の堀切です、大きな空堀です。
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これは本丸から見た古本丸の堀切・空堀です。
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本丸(二の丸)の出口(虎口)を見た所です右奥が正門跡ですね、本丸脇は石垣でしたね。
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整然とした石垣です本丸への備えです。
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七曲りから下城です、この坂が厳しい防御ですね、上からの横矢掛かりで上がる敵兵をたたき潰すのです、しかも繰り返し消耗させるのです。
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漸く息の詰まる防御システムから解放され三の丸へ降り立ちました、左側が三の丸、右側は渓谷です。
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江戸時代は山の上での生活は大変なので烏山城の虎口抑えをかねてましたの此処に三の丸として居館をもうけたのです寿亀山神社です。
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寿亀山神社です、烏山城は那須氏の一族が築城、豊臣秀吉により改易、織田・のぼうの城の成田氏次から次へと城主が変わり、最後は大久保家が明治まで治めていましたため縄張りも良好に残っていましたうれしいですね。

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