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2018年9月 9日 (日)

江戸城見附跡に行って来ました(日比谷門・馬場先門・和田倉門)。

2018年9月7日(金)に江戸城見附跡に行って来ましたまず、浅草橋門・筋違い門・小石川門、その後日比谷の東京ミッドタウンビルに行きました、そのついでに日比谷門・馬場先門・和田倉門の各見付を回り東京駅を見て回りました。
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これは日比谷公園の見附跡の心字池から見た東京ミッドタウン日比谷です、以前日比谷三井ビルがあり私が入社会社の本社ビルがあった所で再開発された高層ビルです。
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日比谷門跡です日比谷公園の交差点脇です日比谷公園側に向けて門があったのですね?、丸の内側の御門となるわけです。
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此れが公園内から見た見附跡です心字が池は昔の穂に後なのです、堀が右側に延び日比谷公園の入り口手前から今の御幸通り・・・帝国ホテル脇日生ビル辺りが堀だそうです、帝国ホテル裏辺りが山下門だそうです。
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日比谷門から堀端を東京駅方面へ馬場先門の堀の橋(今は橋ではありませんが)から見た日比谷方面のミッドタウンです。
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馬場先門から見た江戸城伏見櫓です、二重橋から見える櫓です。
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皇居外苑の石垣ですがここが馬場先門跡です。
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馬場先門跡の標識です。
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なおも東京駅方面へ和田倉門の側です。
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東京駅正面の和田倉門交差点に架かる路ですが、江戸期にはこの道はなく明治に皇居としての大通りが出来たものですね。
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道案内を見ればわかりますが今の皇居広場(皇居外苑)も数少ない出入り靴で囲まれた敷地なのです、その奥に江戸城が内堀にかこまれ、本丸は又奥の堀に囲まれていたのです、皇居外苑=>西の丸下郭江戸城の巽(辰巳・・・東南)を防護する軍事拠点として設計された曲輪です、東側は馬場先門と和田倉門・南側は外桜田門の三か所で江戸城本丸には桔梗門から出入りしたそうです、幕府の要職老中・若年寄らが住まいしていたそうです。
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和田倉交差点をなをも神田川へ進むと見えるのが和田倉門橋です。
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和田倉橋から見た和田倉門見附ですね、建物はありませんが橋の脇の石垣・・・高麗門の石垣ですね。
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中に入ると枡形構造の防御のシクミが良く見れますね、中側の石垣渡櫓の石垣ですね。
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和田倉門跡の碑がありました、此処は江戸城の中ですね。
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巽二重櫓・富士見櫓が内堀の向こう側に見えました。
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東京駅正面です。
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北口ですか。
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郵便局本社の展望台からの東京駅全景です、涼しいと思ってきたのですが結構暑く距離も歩いたので疲れました、結局6か所の江戸城見附跡を散策しました、江戸城周辺はすべて見ていますが外堀周辺はまだまだですね。

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