« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »

2019年2月27日 (水)

伊奈代官屋敷跡に行って来ました(埼玉・伊奈町)。

2019年2月26日(火)に伊奈代官屋敷跡(伊奈城跡)に行って来ました、散策路の整備が24日にあり奇麗になっていたので照会。
Dsc04900

その前に家に咲く花たちを採ったので・・・福寿草が今満開になっていますね。
Dsc04901

マンサクの花も漸く・・・・・まず咲くから マンサクとか?。
Dsc04902

梅の花も一気に咲き始めましたね・・・紅梅。
Dsc04903

白梅も。
Dsc04905

代官屋敷の二の丸跡の標識も奇麗になりました、今回の散策路は二の丸周辺が整備されたのです、此れで本丸側・蔵y式側と三か所が奇麗になりましたし見やすくなりましたね。
Dsc04906

表門跡から少し入った二の丸跡の裏手の空堀が今回の整備場所ですネ、写真中央が二の丸跡。
Dsc04907

表門跡から屋敷内へ入り二度目のクランクの個所左側が二の丸跡となっています、本丸の土塁が残っています、切通状態の舗装道路の角左手前がが今回の散策路です。
Dsc04908

クランクの右側が土塁・左側も土塁・・・昔は真ん中の舗装道路は無かったのでしょうかネ?、左側が空堀ですからね。
Dsc04909

舗装道路から見た二の丸と本丸の間の空堀ですね、竹藪は土塁が続きますね。
Dsc04910

ついこの間まではボサボサでしたが奇麗になりました、左土塁上が二の丸跡ですね、右側は本丸の土塁が続きます、正面方向は原市沼側です。
Dsc04913

空堀の突き当りが原市沼川(現)手前の湿地帯ですね(昔は沼でしょうね?)。
Dsc04914

二の丸側を回り込むように湿地帯手前を奇麗にしていますね。
Dsc04915

反対側(本丸)は未整備ですが・・・また奇麗にするのでしょうか?。
Dsc04920

基に戻り検証すると、本丸の土塁が此処は高く感じられますね、右側の土塁上が二の丸跡です、右側手前も空堀が二の丸を囲っていますね。
Dsc04921

これは二の丸跡の脇から表門跡方面を見ました。
Dsc04922

此れも二の丸跡の脇から先程の空堀を見た所です。
Dsc04927

これは搦め手のシャトル丸山駅信号脇にある縄張り図です、今回は上の所です。
Dsc04955

新幹線下シャトルの丸山駅の橋上から見た搦め手側です、左側は障子堀の埋め立て跡地です、こちら側にも空堀跡が見られますね。
Dsc04957

今の障子堀の裏側も空堀が続きますね・・・・こちら側も奇麗にするのかも?。
Dsc04958

搦め手側の道路を入ると昔ながらにクランクした道筋が当時の面影を残し?。
Dsc04959

曲がり曲がり・・・右側の奥には前回整備した散策路が有ります。
Dsc04961

反対側にも初回に行った整備の散策路が有ります、私有地が多い中で此れだけ遺構が解りやすく残っているのも珍しいのでは無いでしょうか?。

Dsc04963

これは原市沼をながれる原市沼川です、正面は新幹線です、右側が伊奈代官屋敷跡表門です、湿地帯に囲まれた城郭なのです。
Dsc04967

原市沼は大きな調整池だったのでしょう、今は沼地が無くなり代わりに川のほとりに調整池が作られています、原市川の左側には、現在2個、右側に1個と現在造成中です。

2019年2月25日 (月)

安中城跡に行って来ました。

2019年2月20日(水)に磯部城跡から安中城跡に行って来ました、永禄2年1559年安中忠政が築城・・・西上州に侵攻してきた武田信玄に備えたのです、安中城・松井田城を防衛ラインとして対抗、結局永禄17年1564年に力つき開城安中は所領安堵・・・後に長篠の戦天正5年1575年に従軍するが討ち死に安中氏は滅亡、慶長19年1614年井伊直勝が安中3万石で収めた。
Dsc03635

安中駅から磯部方面へ碓氷川から見た浅間山です、大分雲が出てきましたね、帰りには山は見えませんでした。
Dsc03636

妙義山も併せて撮りました、上流へ向けて歩きます。
Dsc03637

碓氷川に架かる橋うえから、多分正面辺りが安中城では?。
Dsc03639

川から離れ丘の上に・・・安中教会の建物がありました。
Dsc03642

少し先に進むと安中城の現在と合わせた城郭が・・・・安中城の遺構は殆ど無いそうです。
Dsc03644

武家屋敷だそうですね、こちら側が昔の御城跡方面です。
Dsc03652

お城跡(本丸あたり)の安中文化センターの裏手を見ました、下に九十九川が流れています、、安中城は大きな川に挟まれた小高い丘の台地に築城されていたのです。
Dsc03655

分化センターの前が安中小学校です、門前に安中城跡の碑がありました、やはり山城と違い町中のお城の遺構はどこも残りませんね、しかし今回の山城は良好な遺構が残されていました、うれしかったですね。

2019年2月24日 (日)

磯部城跡に行って来ました。

2019年2月20日(水)に磯部城跡・安中城跡に行って来ました、まず磯部駅からの磯部城跡に行って来ました。
Dsc03528

磯部駅から安中方面へ戻ります、信越化学の工場がわ端の小高い丘陵で分かりやすいですね。
Dsc03529

この説明文は南側の城山公園入口に有るものです、私は麓の川沿いから登城しました北側です。
Dsc03530_2

磯部駅から安中方面へ戻ります、駅の向こう側は信越化学の工場です、工場端の向こう側に見える比高52mの丘が磯部城跡です、武田信玄が西上州へ侵攻した安中・箕輪城攻略の最前線の拠点として築城(改修)した城です、山城の為遺構の保存状態が良好ですね。
Dsc03532

JRの線路わきから見た妙義山の岩肌の山々ですね、見事な岩場です、昔山頂の尾根を上りましたクサリ場の連続でしたね。
Dsc03533

少し右側に目をやると富士山・・・イイエ浅間山ですヨ。
Dsc03540

JRの線路を渡り麓の川脇を左に曲がり北口の登城口へ・・・・・・直進し南口の大手門口からの方が良かったかな?。
Dsc03546

橋を渡り戻るように山裾を進みますね、丁度草刈作業を行っていましたね、右側が奇麗になっていますね。
Dsc03547

磯部城跡の縄張り図です、上側左上から上右上に歩き、一度右側を上から下に、再び戻り左側へ中を歩き回り下側へ抜けました・・・・左脇を下側に来て下側から入るコースが見やすいかも?・・・私は右側外の山中も歩いたのですが途中から荒れていて戻りました。

Dsc03562

此処は右側上の方面の土塁です、三重ぐらいにもりあがっていますね、この奥の奥が二の丸から本丸です。
Dsc03568

一番北側の橋を上ります。
Dsc03572

一度登り横堀が有り再度上ります。
Dsc03580

登りると物見平と腰曲輪の堀切です。
Dsc03590

少し先で物見平(左側)の土塁と二の丸の虎口でその先に社がありますね。
Dsc03592

現在は少し盛り上がった程度の物見平です、向こう側に横堀があり回り込む形の空堀が二の丸を囲みます。
Dsc03593

物見平でなく二の丸からの磯部の町方面を見ました、昔は右側の安中城側を監視していたのでしょうが。
Dsc03596

この辺がハイライトでしょうかネ、二の丸の虎口上(左下が三の丸馬出への出口)から見た所です、左の土塁が物見平の南端で先程の空堀が回り込んでいます、その下が三の丸側です、右側は次に。
Dsc03597

お待たせしました右側奥が本丸の高土塁で、左側は馬出部分ですね。
Dsc03598

二の丸から見た奥が本丸の高土塁です。
Dsc03600

アップです、二の丸本丸は殆ど同様な位置付けに見えますね。
Dsc03607

本丸跡です、?熊笹が生い茂っています、何故か刈り取らないのでしょうか。
Dsc03609

本丸北西の端です、搦め手虎口とあります、左側が信越化学の工場がわで道路側、正面の景色は磯部駅(左)から来た町の方です・・・・この下を右側に進んで山側に上ってきたのです、現在は此処から直接下れず本丸脇の下を回り込む形ですね。
Dsc03615

此処は二の丸虎口を下り空堀を過ぎた場所から見挙げた、虎口と右の土塁上が物見平。
Dsc03616

本丸下の馬出です。
Dsc03618

やに崩れた斜面ですが、三の丸跡です、下から見ると削平され土塁の上に有りますね。
Dsc03623

やはり空堀土塁上が三の丸ですね・・・・こちら側が大手筋ですね。
Dsc03626

少し下ると案内板と公園の碑が・・・南口の虎口です。
Dsc03633

此処が磯部城跡南口の入り口です、奥の山がお城ですね、左へ下り信越化学工場脇を過ぎてJrの線路を渡りひだりへ・・・・磯部駅から安中駅に此れから安中城跡へ向かいます。

2019年2月23日 (土)

高崎根小屋城跡に行って来ました。

2019年2月19日(火)に上信電鉄の山名駅から山名城跡・根小屋城跡に行って来ました、根小屋・根古屋とも呼ばれ武士の居住地の呼び名(城下町に近い)で城跡も同じ名前もありますね。
Dsc03363

高崎自然歩道の山名城跡から戻りなおも先に進むとT字の分岐路が・・・右側方面が根小屋城跡側です・・・ちなみにこの先寺尾方面にも城跡があるのです、山城がこのハイキングコースには沢山あるのです。
Dsc03364

高崎自然歩道案内図の中央部分ですね。
Dsc03368

少し進むと東屋が有ります、少し尾根の下り坂の先端です・・・・搦め手門跡とか・・・下りの鞍部横を見ると堀切が有ります。
Dsc03373

鞍部から上り始めると案内板があります、案内板は横堀の上に建っているのですね、後は曲輪で正面の左右も曲輪ですね。
Dsc03377

案内板から少し上がるとハッキリしますね、左側二登り口が正面にも左右の曲輪が有ります、左側奥が一段と高く一の曲輪です。
Dsc03378

左側に急な登り口があり、こちら側から回ることにしました、右上が本郭(一の曲輪)で東西南北に曲輪が囲み虎口に腰曲輪があるみたいですね。
Dsc03382

本郭(右側)の南側の空堀です、左側は搦め手がわの南曲輪ですね。
Dsc03388

本郭の西方の堀切です、左側が西曲輪(二の丸表示ありDsc03391

解りずらい写真ですが、本郭と二の丸の堀切の中から見た土橋と北曲輪脇(三の丸)、左土塁下が井戸跡です。
Dsc03392

土橋を渡り井戸跡と西曲輪(二の丸側)です、ヤブが多く井戸跡等も見ずらいですね。
Dsc03395

仕方がないので井戸跡と土橋と本郭を撮りました。
Dsc03399

此処が北曲輪(三の丸)です、左側は空堀で奥が井戸跡方面です、右側下にも帯曲輪?が有りますね。
Dsc03400

北曲輪の木々の間から根小屋方面?を見ました。
Dsc03404

北曲輪の端から見た大手門方面、右側は本郭、左側は腰曲輪、その先が竪堀で大手口?へ。
Dsc03407

空堀へから見た本郭への登り口、正面左側が大手門方面へ、右側は東曲輪方面へ。
Dsc03410

横矢掛かりの本郭への登り口です。
Dsc03413

一段登りつめた所が本郭虎口てまえの腰曲輪、正面が本郭の虎口で枡形構造です。
Dsc03415

本郭の虎口入口、左側脇が土塁で高く防御中が四角で突き当り土塁で右側に折れて入る枡形構造ですね、この前行った、栃木の西方城跡の縄張りに類似した山城ですね・・・・戦国期になると北条・武田も城郭の研究には力を入れていたのでしょうね。
Dsc03419_2

枡形の左側脇から見た本郭脇の腰曲輪、その向こう側下が空堀で向こう側に東曲輪が有りますね。
Dsc03424

本郭です。
Dsc03428

本郭中央辺りに本丸後の標識がありました、特別な説明はありませんね、昭和天皇の歌が書かれていました。
Dsc03432

本郭の西側に坂虎口の説明版・・・二の丸へ下るのでしょう。
Dsc03440

本郭をもと来た虎口から下り先程の大手(追手)・・・城の表方面の説明が・・・根小屋方面へ下るのでしょうが、私は東曲輪方面から搦め手(裏門)から戻りました、雑草が刈られていませんでしたが遺構としては当時の面影が十分に堪能できました、山名城に比べると重厚な山城でしたね、山名城は尾根利用の堀切での分割で非弱さがありますね、防御力の強化に境目の城で北条方を抑えたのでしょうネ。


高崎山名城跡に行って来ました。

2019年2月19日(火)に上信電鉄山名駅より山名八幡宮・山上碑から高崎自然歩道に入り山名城跡・根小屋城跡と見て回りました、今回は山名城跡です。
Dsc03320

高崎自然歩道には幾つかの石碑・と城跡がありますね、山上古墳の脇から入り少し進むと案内図がありました。
Dsc03329

山道を少し進むと山名城跡の案内板が出てきました、此処山名家は鎌倉時代初期からの名門です、源義家の孫新田義重の子義範が山名を名乗り、何代も続き、鎌倉滅亡時期に足利尊氏側に着き大大名となったのです、応仁の乱(山名:細川)の山名家の祖ですね、戦国期には地元の豪族木部家が治め武田家方ですね、ここは西上州武田方のテリトリーで後北条との境目の城なのです・・・・・すぐ近くの根小屋城跡も武田信玄が築城し北条氏康と対戦したのです、天正18年1582年武田勝頼が天目山で滅亡した折には木部範虎も殉じたとか。
Dsc03331

細い尾根筋を立ち割り幾つかの郭が構成されていますね、右側が里の方です・・・山は低くそれ程でもないです、私は左側下から上り右側下から本丸へ・・・・本丸手前とか二の丸の先の方は冬でも入りずらいですね。
Dsc03332

高崎自然歩道です、右側に入る路が山名城跡への入り口です・・・・正面も多分城の一部でしょうね。
Dsc03334

下の道を進むと不透明な竪堀、明らかな堀切が見えます、登れあ郭の一部かな?。
Dsc03337

なおも進むと本丸への堀切・・・、横の方には狭い腰曲輪もあります。
Dsc03339

右側が本丸でしょうねす。
Dsc03340

本丸への登り口です。
Dsc03343

本丸へ上がらず先に進むと、やはり腰曲輪状態が見えますが・・・右側に回り込めば本丸下から二の丸側へ。
Dsc03345

本丸へ上がります、それ程の広さはありませんね。
Dsc03347

本丸中央に山名城址の碑があります案内板は読めませんでしたね。
Dsc03352

本丸から見た腰曲輪で、左側方向が二の丸側ですね。

2019年2月22日 (金)

山上碑および山上古墳に行って来ました(上信電鉄山名)。

2019年2月19日(火)に上信電鉄の山名駅から山名城跡・根小屋城跡の山城を巡りに行って来ました、途中の山名八幡・山上碑・山上古墳も見てきました。
Dsc03290

上信電鉄の山名駅を降りると山名八幡宮があり立ち寄りました、巨木が目に入り思わず喜びましたネ。
Dsc03292

ケヤキですが樹齢・幹回りは?。
Dsc03296

もう一つ右側に御神木の陰陽神木・・・樹齢300年・・・・安産子宝です、女性の性器に見立てた石・神木の節なのでしょう。
Dsc03303

神社裏側に裏神様が・・・獅子頭が有りました・・・・珍しいかも。
Dsc03310

目的は山名城跡なのですが、山上碑が今売り出し中で分かりやすいので道をたどりました、阿弥陀仏の石仏があるのですが大切にされていて社の中で見れません・・説明版はあります。
Dsc03314

阿弥陀仏の脇の上が山上碑(やまのうえひ)及び山上古墳です。
Dsc03315

急な石段を上ります、山頂?正面に古墳が左側に管理室みたいな建物・・・業っと外したのですが・・此処に山上碑がありました。
Dsc03322

管理室の真ん中に山上碑があります、三方の覗きガラスからみえます・・・大変貴重な物なのです、日本最古の碑681年のものでユネスコ世界の記憶に登録されているのです・・・・・高崎駅にレプリカと説明が展示、無料バスもあるみたいです。
Dsc03326

説明版です、当時の大和政権の豪族の母の古墳と碑だそうです、私は古墳脇の高崎自然歩道から山名城跡・根小屋城跡と山中へ。


2019年2月21日 (木)

伊香保温泉に行って来ました。

2019年2月18日(月)から20日(水)まで伊香保温泉に行って来ました、近辺を見て回りました・・・・いつもと同じように城跡が中心ですが。
Dsc03250

榛名神社を見た後にバスで榛名湖へ、此処で伊香保温泉行に乗り換えるのでした、真冬ですが湖水が凍っていません、ワカサギ釣りは出来ないようですネ。
Dsc03255

榛名富士側は陽が辺り氷が見られませんね。
Dsc03256

伊香保温泉へのバスも本数が余りないので事前に確認しないと待ち時間が長く大変ですよ、伊香保温泉から見た近辺の山々が冠雪して美しいです。
Dsc03259

これは宿泊した旅館のケヤキです下側は立派ですね、上側は巨木の定義には入らないと思いましたが。
Dsc03263

伊香保温泉の石段から見た三山です・・・・左側から十二が岳・中の岳・小野小山。
Dsc03265

有名な伊香保温泉の石段です365段です、上の伊香保神社・・・露店風呂まで行きました。
Dsc03267

此処にも関所跡が在りました。
Dsc03272

平日なのですが結構人が来ていますね。
Dsc03274

石段の上の方に来たので再び雪山を撮りました・・・・山名は?。
Dsc03278

伊香保神社です、この先に露天風呂が。
Dsc03279

紅葉時期には生える河鹿橋。
Dsc03283

温泉水の飲めるところです。
Dsc03284

その先が温泉の源泉吹き出し口です、此処は以前山登りの帰りに入った記憶がありましたね。
Dsc03472

これは翌日ですが、渋川の早尾神社のオオケヤキです樹齢600年幹回り7・3mの巨木です、根元が空洞ですね。
Dsc03475

神社を背景にアップで空洞が解りますかネ。
Dsc03491

向きを変えて神社側から此方がわは素晴らしい根張りが見られますね。

榛名神社に行って来ました。

2019年2月18日(月)伊香保温泉に行きました、高崎から榛名湖経由でのバスで伊香保温泉へ途中榛名神社を散策初めてです。
Dsc03135_2

バス停の大鳥居から坂道を上り榛名神社へ・・・榛名神社は榛名川沿いの渓谷岩場沿いです、当然登りが続きます。
Dsc03139_2

隋神門です、以前は仁王門だそうですが神仏分離で隋神像に置き換えたとか。
Dsc03141_2

榛名神社は渓谷沿いで長い登りで以前は榛名湖への道でもあり上には関所跡もあります。
Dsc03146_2

鞍掛岩です以前は洞穴状だそうですが奥の岩が崩れアーチ状の岩が残ったそうです、光の感じでうまく見えませんが?。
Dsc03151_2

七福神めぐりも出来るみたいですね!。
Dsc03155_2

榛名神社は修験者が修行、妙義山みたいに奇岩が多いですね名前の付いた岩も多数あります。
Dsc03156_2

三重塔石段まだまだ上ります。
Dsc03164_2

行者渓に架かる神橋と脇の滝が凍っていますね。
Dsc03170_2

矢立杉の巨木です樹齢1000年以上・・・(この榛名神社は1400年創立)、幹回り9・8mの大杉です。
Dsc03177_2

武田信玄が箕輪城攻撃のおり矢を立てかけたと伝説の大杉です、武田は甲斐、箕輪は高崎の地元ですが、長野業盛の時ですね。
Dsc03181_2

その横にある神幸殿です。
Dsc03180_2

矢立杉横から見上げた大岩に挟まれた神門です。
Dsc03186_2

神門をくぐり社務所側から見た双龍門です。
Dsc03192_2

双龍門を入ると神楽殿と榛名神社本殿です。
Dsc03198_2

本殿広場脇から見た双龍門です、見事な建物ですね、彫刻も見事です、門壁には龍が対であります。
Dsc03193_2

本殿です、後ろの岩が御姿岩です。
Dsc03199_2

榛名神社本殿を横から朱塗りの彫刻豊かな権現造りの建物です。
Dsc03206

御姿岩の洞窟を本殿としているみたいですが上の岩は大丈夫なのか気になりますよね
Dsc03213

本殿にお参りしたのちに榛名川沿いを上に・・・関所跡を過ぎると砂防提が・・・一部凍っていますが、その先の奇岩はつづら岩です。
Dsc03223

先程の矢立杉の横に滝が見えるのですが電線があるので撮らず、下の道から見た、みすず(瓶子)の滝です、岩肌にかこまれて徳利に見えるのでこの名があるとか。
Dsc03230

奇麗に滝が凍っていますね・・・・結構大きいのです、寒ければまだ大きくなるでしょうね、此れから榛名湖へでて伊香保温泉へ行きます。

2019年2月18日 (月)

陣馬山に行って来ました。

2019年2月16日(土)に山水会で陣馬山に行って来ました、穏やかな暖かな日に恵まれました。
Dsc03110

高尾駅から陣馬山下までバスで入り陣馬街道の舗装道路をしばらく歩きます、陣馬街道は趣のある会堂で私は何となく好きですね。
Dsc03111

街道脇から山道に入ります、昔はこの道が無く和田峠まで舗装道路を歩いたのですが。
Dsc03112

しかし結構急坂ですが。
Dsc03115

しばらくはジグザグな急坂を上り詰めますね。
Dsc03117

高尾山陣馬山の尾根下の道に出て陣馬山山頂方面に・・・・12月ー1月辺りにはシモバシラが見られます。
Dsc03118_2

これは2010年12月のシモバシラの花です。
Dsc03118

山頂のシンボルの白馬です。
Dsc03119

山頂から富士山は殆ど見られず・・・・これも2010年の富士山。
Dsc03120

生藤山方面です。
Dsc03123

藤野方面へ下ります。
Dsc03130

何とかのテラスです、もう少し・・・。
Dsc03132

最後のジグザクを下ればバス停は・・・・すぐバスが来てトイレに行っていた人が乗り遅れることになりましたが無事藤野駅で再開でき反省会を行えました、皆様に感謝ですね。

2019年2月15日 (金)

白鳥が近くの調整池にやってきました。

2019年2月14日(木)に近くの調整池を散歩・・・見慣れない鳥がいました、多分白鳥・・・・毎年?2-3羽が短い期間きます、一度家に帰りカメラを持ってきました。
Dsc03078

オオハクチョウでしょうネ?、首も長く鼻孔の先まで黄色があり・・・しかも灰色が少しかかり幼鳥なのでしょうかネ?。
Dsc03092

2羽出来ていました、昨日はいませんでしたね、葦の根を引っ張りながら食べています。
Dsc03094

すっくとした首。嘴の黄色。
Dsc03095

遠くから来てお腹がすいているのか・・・・。
Dsc03096

私は少し羽ばたきをして欲しいのですが・・・寒空の下風も結構あり・・・・同じ格好では。
Dsc03100

結局寒さに負けて羽ばたく姿は見られませんでした・・・・・・・・・・・。

2019年2月 1日 (金)

天神山城跡に行って来ました。

2019年1月30日(水)に秩父方面の天神山城跡に行って来ました、親鼻駅から千馬山城跡に行き、野上駅下車で荒川右岸の天神山城跡に。
Dsc02997

荒川を渡ります、先程の千馬山城跡も荒川右岸ですね、上長瀞ー長瀞で秩父鉄道が川を渡りますからね、今度は橋を歩いて渡ります。
Dsc02998

橋を渡り左側方面・・・樋口駅方面へ向かいます、天神山は荒川に突き刺さるようにでた山?(河岸段丘)です、送電線の左側の山です、一度右側に出て、山の前を左側に左の橋から登るのです。
Dsc03000

天神山城の大手門?にある大手門桜です・・・この辺の裏にお城の虎口が在るみたいですが?。
Dsc03004

私は解らないのでもう少し先の白鳥神社まで行きました。
Dsc03007

白鳥神社脇の山道をジグザグに登ります急坂です、冬なので道は解りますね。
Dsc03009

本郭の下に直接出るのですから急な坂ですが比高が余りないので頑張ります、でも結構歩きましたね!。
Dsc03019

何回か曲がりくねると土塁が見えてきました、辺りに腰曲輪らしき平坦な場所も。
Dsc03021

回り込むと土塁の上に天守(観光用模擬天守)が木々の間に見えました・・・・うれしいですね。
Dsc03027

腰曲輪の土塁脇を右側に回り込み本郭へ上りました、見上げて天守を・・・・・・・、このぐらいだと少し風情のある名の有る天守みたいですね。
Dsc03028

本郭です、左横奥の土塁上に天守、右側奥が二の郭方面への堀切に架かる橋です。
Dsc03030

二層二重の天守です、この時代は木造の平屋でしょうね・・・・・ここは藤田康邦の城で花園城から此方に、一時期は北条氏邦も居たとか、後に鉢形城に移り、此処は藤田一族が治めた城なのです、北条は八王子では氏照が大石家の養子・秩父では氏邦が藤田家の養子として権力を拡大したのです、・・・青梅の三田氏は従属せず辛垣城で滅びましたね・・・・・でも藤田氏の一族でも藤田信吉みたいの人もいましたね。
Dsc03034

本郭は堀切で区切られて今は橋が架けられています、向こう側が二の郭です。
Dsc03035

空堀です。
Dsc03041

橋の先が二の郭で段々の平場が続きます、右横側は腰曲輪があり。
Dsc03045

なおも下ると展望台の櫓がありました、開発後放置したままなので木々が生い茂っていますね。
Dsc03048

二の郭は尾根筋に沿って結構長いのです。
Dsc03051_2

右側は開発用の道路ですかね。
Dsc03054

堀切で区切られた向こう側が三の郭ですかね。
Dsc03061

大きく二重に割ってありますね。
Dsc03068

木々があり見ずらいですが、樋口駅方面ですね、多分仲山城が目の前でしょう、この下に出郭があるのですが下る路が・・・本郭脇を回り込もうとしたのですが、少し危険そうなので途中で止めました。
Dsc03069

お城を決めて見ました・・・・如何でしょうかネ?。
Dsc03073

帰りは樋口駅方面へ街道を進み、途中で振り返り天神山城跡を撮りました・・・今回は朝早くから沢山歩きました軟弱な膝が硬い道路歩きで悲鳴をあげ始めました・・・・少し休まないと駄目そうです、でも山城は冬場でないと入れませんからね。


« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ