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2019年2月23日 (土)

高崎根小屋城跡に行って来ました。

2019年2月19日(火)に上信電鉄の山名駅から山名城跡・根小屋城跡に行って来ました、根小屋・根古屋とも呼ばれ武士の居住地の呼び名(城下町に近い)で城跡も同じ名前もありますね。
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高崎自然歩道の山名城跡から戻りなおも先に進むとT字の分岐路が・・・右側方面が根小屋城跡側です・・・ちなみにこの先寺尾方面にも城跡があるのです、山城がこのハイキングコースには沢山あるのです。
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高崎自然歩道案内図の中央部分ですね。
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少し進むと東屋が有ります、少し尾根の下り坂の先端です・・・・搦め手門跡とか・・・下りの鞍部横を見ると堀切が有ります。
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鞍部から上り始めると案内板があります、案内板は横堀の上に建っているのですね、後は曲輪で正面の左右も曲輪ですね。
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案内板から少し上がるとハッキリしますね、左側二登り口が正面にも左右の曲輪が有ります、左側奥が一段と高く一の曲輪です。
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左側に急な登り口があり、こちら側から回ることにしました、右上が本郭(一の曲輪)で東西南北に曲輪が囲み虎口に腰曲輪があるみたいですね。
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本郭(右側)の南側の空堀です、左側は搦め手がわの南曲輪ですね。
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本郭の西方の堀切です、左側が西曲輪(二の丸表示ありDsc03391

解りずらい写真ですが、本郭と二の丸の堀切の中から見た土橋と北曲輪脇(三の丸)、左土塁下が井戸跡です。
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土橋を渡り井戸跡と西曲輪(二の丸側)です、ヤブが多く井戸跡等も見ずらいですね。
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仕方がないので井戸跡と土橋と本郭を撮りました。
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此処が北曲輪(三の丸)です、左側は空堀で奥が井戸跡方面です、右側下にも帯曲輪?が有りますね。
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北曲輪の木々の間から根小屋方面?を見ました。
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北曲輪の端から見た大手門方面、右側は本郭、左側は腰曲輪、その先が竪堀で大手口?へ。
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空堀へから見た本郭への登り口、正面左側が大手門方面へ、右側は東曲輪方面へ。
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横矢掛かりの本郭への登り口です。
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一段登りつめた所が本郭虎口てまえの腰曲輪、正面が本郭の虎口で枡形構造です。
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本郭の虎口入口、左側脇が土塁で高く防御中が四角で突き当り土塁で右側に折れて入る枡形構造ですね、この前行った、栃木の西方城跡の縄張りに類似した山城ですね・・・・戦国期になると北条・武田も城郭の研究には力を入れていたのでしょうね。
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枡形の左側脇から見た本郭脇の腰曲輪、その向こう側下が空堀で向こう側に東曲輪が有りますね。
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本郭です。
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本郭中央辺りに本丸後の標識がありました、特別な説明はありませんね、昭和天皇の歌が書かれていました。
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本郭の西側に坂虎口の説明版・・・二の丸へ下るのでしょう。
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本郭をもと来た虎口から下り先程の大手(追手)・・・城の表方面の説明が・・・根小屋方面へ下るのでしょうが、私は東曲輪方面から搦め手(裏門)から戻りました、雑草が刈られていませんでしたが遺構としては当時の面影が十分に堪能できました、山名城に比べると重厚な山城でしたね、山名城は尾根利用の堀切での分割で非弱さがありますね、防御力の強化に境目の城で北条方を抑えたのでしょうネ。


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