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2019年2月 1日 (金)

天神山城跡に行って来ました。

2019年1月30日(水)に秩父方面の天神山城跡に行って来ました、親鼻駅から千馬山城跡に行き、野上駅下車で荒川右岸の天神山城跡に。
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荒川を渡ります、先程の千馬山城跡も荒川右岸ですね、上長瀞ー長瀞で秩父鉄道が川を渡りますからね、今度は橋を歩いて渡ります。
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橋を渡り左側方面・・・樋口駅方面へ向かいます、天神山は荒川に突き刺さるようにでた山?(河岸段丘)です、送電線の左側の山です、一度右側に出て、山の前を左側に左の橋から登るのです。
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天神山城の大手門?にある大手門桜です・・・この辺の裏にお城の虎口が在るみたいですが?。
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私は解らないのでもう少し先の白鳥神社まで行きました。
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白鳥神社脇の山道をジグザグに登ります急坂です、冬なので道は解りますね。
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本郭の下に直接出るのですから急な坂ですが比高が余りないので頑張ります、でも結構歩きましたね!。
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何回か曲がりくねると土塁が見えてきました、辺りに腰曲輪らしき平坦な場所も。
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回り込むと土塁の上に天守(観光用模擬天守)が木々の間に見えました・・・・うれしいですね。
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腰曲輪の土塁脇を右側に回り込み本郭へ上りました、見上げて天守を・・・・・・・、このぐらいだと少し風情のある名の有る天守みたいですね。
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本郭です、左横奥の土塁上に天守、右側奥が二の郭方面への堀切に架かる橋です。
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二層二重の天守です、この時代は木造の平屋でしょうね・・・・・ここは藤田康邦の城で花園城から此方に、一時期は北条氏邦も居たとか、後に鉢形城に移り、此処は藤田一族が治めた城なのです、北条は八王子では氏照が大石家の養子・秩父では氏邦が藤田家の養子として権力を拡大したのです、・・・青梅の三田氏は従属せず辛垣城で滅びましたね・・・・・でも藤田氏の一族でも藤田信吉みたいの人もいましたね。
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本郭は堀切で区切られて今は橋が架けられています、向こう側が二の郭です。
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空堀です。
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橋の先が二の郭で段々の平場が続きます、右横側は腰曲輪があり。
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なおも下ると展望台の櫓がありました、開発後放置したままなので木々が生い茂っていますね。
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二の郭は尾根筋に沿って結構長いのです。
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右側は開発用の道路ですかね。
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堀切で区切られた向こう側が三の郭ですかね。
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大きく二重に割ってありますね。
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木々があり見ずらいですが、樋口駅方面ですね、多分仲山城が目の前でしょう、この下に出郭があるのですが下る路が・・・本郭脇を回り込もうとしたのですが、少し危険そうなので途中で止めました。
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お城を決めて見ました・・・・如何でしょうかネ?。
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帰りは樋口駅方面へ街道を進み、途中で振り返り天神山城跡を撮りました・・・今回は朝早くから沢山歩きました軟弱な膝が硬い道路歩きで悲鳴をあげ始めました・・・・少し休まないと駄目そうです、でも山城は冬場でないと入れませんからね。


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