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2019年6月28日 (金)

小諸城跡(懐古園)に行って来ました。

2019年6月25日(火)に小諸城跡に行って来ました、確か2度目の登城かな随分忘れていましたね。

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駅側にある大手門公園?の大手門うん・・・江戸初期の藩主仙石秀久が築いた大手門が有ったかな?、仙石秀久・・・織田信長時代秀吉の部下・・初代小諸藩主ですね。

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立派な大手門ですね、此れから駅向こうの千曲川に切り立つ崖に作られた小諸城へ駅が出来て線路で分割されたのですね、しかも低地にお城が有る珍しい条件のお城なのですが、此れから見れば素晴らしさが解りますね、武田信玄・・・山本勘助が縄張り?とか、仙石秀久が改修、以下牧野家へ。

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概ねの縄張り図、左側が大手門、線路右側が此れからの説明場所です、後が千曲川で上側がしし谷、下側が地獄谷でお城は駅から見て低地になる珍しい穴城。

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三の門・・・大手門を四の門(本丸から数えて四番目)懐古園の大額は16代徳川家達の筆とか、格調の高い門ですね。

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三の門を入ると二の丸の石垣があり、この石垣沿いを上がり本丸方面へ進みますね。

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二の丸の石垣を上ります、正面の石垣は南丸の石垣で喰い違い門を構成していますね。

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左側上が南丸で二の丸との喰い違いを進む構造ですね。

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振り返ります、二の丸石垣と三の丸門が。

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喰い違いの右側に二の丸への虎口の石段があります。

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階段を上がれば二の丸跡です。

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二の丸の階段上から本丸方面を見ます、左側が南の丸で右側が北の丸、正面は空堀で本丸への黒門橋です。

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北の丸です、今は弓道の矢場ですね。

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本丸の入り口に架かる黒門橋、下は空堀ですね。

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橋脇が本丸の黒門跡です。

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黒門前の石垣を回り込むと懐古神社・・・本丸跡です。

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神社左側奥の石垣、隅櫓跡。

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隅櫓跡の石垣脇から下の見る。

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本丸裏側の石垣の上から見た天守閣の石垣が見えます。

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天守石垣隅より下の見る・・・・石垣の土が無くらり石が縊れていますね・・・後程下から見ますが。

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本丸石垣の外と井戸(荒神井戸)。

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本丸荒神井近くにあるオオケヤキ樹齢500年幹回り6・3mの巨木ですね。

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折角の巨木なので、如何ですか、右側が荒神井戸で脇が本丸石垣です、この一帯を紅葉が丘。

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これが天守の石垣です野面積み算木積ですが大分中の土が流れ落ちていますね。

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このお城の脇は天然の谷が深く切り込んでいます、地獄谷で左上は水の手郭(展望台)です、正目の先が千曲川です。

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此処が水の手郭と島崎藤村の碑です。

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水の手郭から見た千曲川です。

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同じく水の手郭から見た地獄谷の天然の堀です。

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此処は水の手郭の反対方向にある富士見展望台です・・・富士山がみえるのです、この先はやはり天然の断崖で囲まれています。

 

 

 

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