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2019年12月31日 (火)

訪問城郭2019年の一部を年賀用に集約。

2019年に訪問した城郭の一部を年賀用にまとめました。

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一乗谷の朝倉氏の館跡です、御存じ織田信長に滅ぼされましたが、周囲を山に囲まれた防御の高いお城ですね、この後の山が一乗谷城です。

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復原された城下町ですね、都が荒れ此処一乗谷は高い文化を誇っていたのですが。

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朝倉氏の詰めの城・・・・一乗谷城です一乗谷山473mの高所にあり、下の館を周囲の山上で守っていたのですが・・・。

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千畳敷(本丸)の上の尾根にある、一の丸・・・・三の丸(此処が一番高い)です、この日は天気が悪く雹が降り一時は真白でしたあわや遭難ですね。

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兵庫県明石の明石城坤(ひつじさる)櫓です、小笠原氏10万石のお城ですね、後に松平氏に代わりますが。

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本丸虎口から見た明石城です、巽櫓(たつみ)奥が坤櫓です、新幹線からも良く見えますね。

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昨年も出ましたが、金沢城の河北門(大手門・・・三の丸)、一の門・奥が二の門・手前が睨み櫓台ですね。

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金沢城の搦め手門石川門・・・二重櫓・渡櫓・長屋の構成ですね、この中が三の丸で、その先に橋爪門・・・二の丸、本丸は、この左側の高台方面ですね。

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岸和田城の連立天守です、本丸城内より。

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城外から見た岸和田城、輪郭式平城で当時は五重五階・・・現在は三重三階ですが、小出秀政・・後松平氏。

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出来立てのお城です、尼崎城です、戸田氏鉄5万石。

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尼崎城・・平成30年に外観復元。

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伏見城、連立天守ですね、豊臣秀吉・・・、その後徳川家康が築城、その後廃城となり、二条城・淀城・福山城へ移築しましたね、江戸城の皇居にも伏見櫓の名前があります。

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伏見城です・・・豊臣秀吉が築城した伏見城はまず地震で倒壊・次に関ケ原の戦いの前哨戦で焼かれました。

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今回は建物が無く石垣のみですが、此れが凄い、奈良の高取城跡です、三の丸の虎口の石垣です、高取山は584mで比高440mです、全くの山の中に豊臣秀長が構築したお城ですね・・・・竹田城に通じるものが感じられますね。

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中の石垣上から見た枡形の御門です、此れだけでも凄いのに・・・・・。

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先程の三の丸の奥の二の丸から見た本丸への虎口の高取城の石垣です。

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此れが、高取城本丸の虎口の石垣だ、・・・・・只々・・・病的に近い防御性のお城ですね・・・これが584mの山頂の本丸石垣ですから。

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当然これ程ですからね、三大山城の一つに上げられますね。

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これはやはり三大山城の美濃岩村城の六段石垣です、標高721mにある山城で、織田信長と武田信玄との合戦場ですね。

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これは現存12天守の一つ備中松山城の石垣ですね、標高480mの三大山城です、山中でお城の買い手がつかず取り壊されず残ったとか?。

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長野の荒砥城、山田温泉の裏の山です、此れも詰めの城で普段はこの下に館が有ったのですね。

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これは荒砥城二の丸です、本丸からの撮影です、当時の山城を再現したものですね、村上義清の葛尾城は物見やぐらの向こうの山です、武田信玄と激戦したのです、下を流れるのは千曲川です。

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小諸城の二の丸の虎口と石垣です、武田信玄の家臣山本勘助築城?、仙石氏が改築。

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小諸城の天守石垣です。

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新庄城です、戸澤政盛6万石が築城、戊辰の役で炎上。

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米沢城、伊達家・上杉家‥‥直江兼続・上杉景勝の城。

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太田の金山城の大手門口の石垣、源家の新田氏の一族由良氏の城、上杉謙信・武田信玄らが攻めるが持ちこたえた名城。

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この奥が金山城本丸。

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広島城二の丸虎口。

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広島城天守、毛利輝元が築城高田郡山城から移る・・・関ケ原以後、福島正則・・・・。

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岩国城(山の上)、毛利家両川の吉川氏築城。

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岩国城・・・元和元年一国一城令で廃城わずか7年、毛利家は萩城となる。

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福山城・・・・新幹線ホームより、月見櫓・鏡櫓・天守、明石城同様この山陽本線近くの城堀は・・・、隣の三原城(毛利の両川小早川)は本丸が真っ二つに。

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本丸城内より見た福山城・・・・此処福山城には伏見城からの建物が現存していました。

 

 

2019年12月22日 (日)

伊豆橋立吊り橋に行って来ました(大淀小淀の溜まり場)。

2019年12月19日(木)に八幡宮来宮神社散策後伊豆高原駅脇まで戻り、橋立吊り橋に行って来ました、駅脇を流れる対馬川横を海まででます川はそのまま海に流れ落ち対馬の滝となります。

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海岸沿いに出ました、まず橋立吊り橋方面へ。

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一昨日の門脇の吊り橋よりは細く揺れますね、今回が初めてだと思いますね。

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吊り橋の下の崖がクライミングのゲレンデになっていました。

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吊り橋を渡り見えるのが、大淀小淀の溜まり場ですね。

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海岸への降り口です、柱状節理の溶岩の岩場ですね、奥が溜まり場。

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降りる途中からの景観です。

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下から見た対馬の滝。

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溜まり場ですね、釣り人が一人いましたね、波が荒いと危険ですね。

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少し角度を変えると、夏はプールみたいに泳ぐ人もいるみたいですね?。

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波が溶岩を削る造形美です。

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先程渡った橋立吊り橋が見えましたね。

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もう一度アップでの対馬の滝です。

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この断崖を今度は登るのです・・・奥に階段がありますよ。

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最後に対馬の滝の落下を見ましょう・・・・これで伊豆熱川温泉の旅は終わりです。

 

伊東市の八幡宮来宮神社に行って来ました(高見のシイ)。

2019年12月19日(木)に伊豆城が崎近辺を散策、八幡宮来宮神社に行って来ました、その後橋立吊り橋にも。

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八幡宮来宮神社に行く手前にある高見のシイの巨木に出会えました、幹が見ずらいですが凄く趣のある巨木です、鎌倉以前と在りますから樹齢1000年幹回りは8mです。

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神社に向かう橋を渡り坂道の上に、凄い存在感が。

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坂道を上がり後ろ側から見た所です。

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少し離れて・・・・伊豆高原の観光協会の方は何も教えてくれなかったですね・・・・神社の杉は教えてくれましたが。

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この迫力嬉しいですね、まだまだ元気ですから・・・うれしかったです。

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八幡宮来宮神社です・・・お酒のみの神様とか?、楽しみです。

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確かに観光課の方に勧められた森の静けさの中にたたずむ神社です。

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八幡宮来宮神社です、今見ているのがリュウビンタイ・・・大型シダ植物で日本列島北限の自生地だそうです、神社左側が千年杉です。

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此れがリュウビンタイです・・・わかりますか?。

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神様が2体同居する珍しい建物とか、八幡宮来宮神社です。

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神社手前にある千年杉の巨木です。

2019年12月21日 (土)

伊豆熱川に行って来ました(一碧湖・大室山)。

2019年12月18日(水)に伊豆熱川から伊豆高原駅へここから一碧湖・大室山に行って来ました、大室山は初めてですね、一碧湖は以前会社の研修・・・殆ど単なる旅行?出来ましたが。

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伊豆の瞳と言われる一碧湖です、今日は穏やかな良い天気なので助かりました、湖畔を一周するつもりでしたが、一部遊歩道を工事中の為、途中で曳き帰ります。

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途中いい感じの巨木?が湖に張り出していましたね、枝にも趣がありますね、ちなみに伊豆半島は巨木が多いですね。

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木の後側にある碑、与謝野鉄幹・与謝野晶子が此処で詠んだ句が刻まれていました。

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一碧湖には幾つかの島が点在しています。

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スタート位置から丁度反対側位でしょうか、一碧神社があります、此処にも趣のある木が、ちなみに湖の中にも鳥居が有りますね。

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湖の中島の前に鳥居が見えました。

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少しアップ。

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よりアップで如何ですか、この先は行かれず引き返しました、バスで大室山リフト乗り場に向かいます。

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大室山のリフト山頂から伊豆高原側を眼下に・・・強風の為一時間あまりリフトに乗れず待ったのですが再開されました、良かったです。

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此れが大室山の噴火口です4000年前に噴火したそうです、直径300m一周1kです、来たら風が強く西側は強風でしたね。

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大室山はお椀を伏せた形の山ですが、凄い急坂です、リフト以外登山できませんが、歩く気にはなれませんよ、2月にこのカヤを焼くので有名ですね、丁度半分お鉢巡りが終了此処が山頂、向こうがリフトの山頂です、今日は富士山は見えませんでした。

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大室山山頂の三等三角点です、標高580mです。

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リフ山頂付近の標識、撮影個所です。

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伊豆熱川に戻りました、海岸の露天風呂に行く途中にありましたね、太田道灌の像、この熱川のなずけ親とか、今日も飲み放題の酒を沢山飲むぞ。

 

2019年12月20日 (金)

伊豆熱川に行って来ました(伊豆高原城が崎)。

2019年12月17日(火)に伊豆熱川に行って来ました、今日は伊豆高原の城が崎門脇吊り橋・連着寺を散策朝の内は雨でしたが、お蔭で雨はやみ海岸を歩けました。

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伊豆高原駅のヤマモモ・・・・この地区はヤマモモが多いみたいですね。

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この駅は2度目ですが、以前は無かったような・・・・江戸城の石垣はこの地からの石が使われたのです切り出した石を船で江戸まで運んだのです。

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伊豆半島東側の城が崎です。

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海洋公園から森の中を散策しながら海沿いに出ます、リスがいましたね。

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海岸沿いです。

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門脇吊り橋です長さ48m高さ23mの吊橋です、この海岸は大室山の溶岩が波に浸食され数10mの断崖絶壁を形成したところにかけられたものです・・・これで2度目ですね。

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向こう側に渡り吊橋と門脇埼灯台。

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吊り橋先にある島・・・名前は?。

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少し角度を変えて、左側は島ではありませんね、回り込めば登れますね。

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岩場の先から吊り橋を見ました、灯台は色が白く霞んで写りが悪いですね。

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日蓮上人とゆかりのある連着寺です。

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此処にはボケ封じとヤマモモの巨木が有ります。

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樹齢1000年根廻7・2mのヤマモモ。

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後ろ側に廻込もう一枚、如何ですか。

2019年12月13日 (金)

等々力に行って来ました(等々力渓谷・善養寺のカヤ)。

2019年12月11日(水)に等々力に行って来ました、等々力渓谷とその先の善養寺の大カヤの巨木を散策しました。

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等々力渓谷は東急大井町線の等々力駅から近いのですね、駅は町中ですが・・・・。

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駅から道路に案内が埋め込まれているのですぐわかりました・・・・有名な観光地?なのですね、此処から渓谷に。

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等々力渓谷は国分寺崖線(ハケ)の最南端に位置する約1KMの都区内隋一の渓谷。

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谷沢川が切り込んだ台地と谷との標高差10Mの渓谷で所々に湧水も出るそうです。

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谷間には武蔵野の雑木林の風情が色濃く残っています。

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地元の方が水の汚れを改善されたようです・・・地道な努力が必要ですね。

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等々力不動尊です。

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脇から湧水が・・・これが不動の滝です、昔は行者さんの修行の場だとか。

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脇の方に庭園もあり紅葉が・・・・。

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渓谷をあがり、アチラコチラで道を聞きながら、善養寺の大カヤを尋ねましたね、此処です、沢山の大きな石仏があるお寺でした。

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此れがオオカヤの巨木です、幹回り6M・・・東京では2番目とかいてありました・・・1番目に今度行きたいですね(病気?)。

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向きを変えて、中は空洞みたいですね。

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もう少しアップで・・・・・これから市ヶ谷靖国神社脇の方で忘年会・・・近くまで行ったら雨が・・・・飲んでいる間にh上がっていました、疲れたが楽しく無事帰りました。

2019年12月12日 (木)

旧岩崎邸庭園・日本銀行に行って来ました。

2019年12月11日(水)に都内で山の会の忘年会があり序に都内を散策、上野不忍池脇の旧岩崎邸庭園と日本橋脇?(常盤橋かな)の日本銀行の建物・・・他。

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三菱財閥岩崎家本邸として、有名な設計者コンドルが明治29年完成、当時は1万5千坪で20棟あったそうです、現在は洋館・和館・撞球室の3棟です、大きなイチョウの木が目に入りました。

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この地は越後高田藩榊原家の屋敷跡で当時からのイチョウで樹齢400年幹回り7・4mの巨木でした。

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洋館の表面です。

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庭の木が紅葉していました。

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庭の築地山がイチョウの葉で埋まっていました。

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裏側斜め横からの洋館。

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洋館と連結した和館、此れから神田駅へ。

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此処が神田南口斜めの日銀通り真っ直ぐ来た、日本銀行の北口です、旧と新の建物が混在していますね。

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東側にある建物ですね。

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道の反対側にも凄い建物が、三井本店(今は三井住友銀行本店)と三越の建物裏側ですね。

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南東から見た所・・・・東館?なのでしょうね。

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南側からです右側が東館で東側が本館の右前。

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此方が本館前の左側真ん中奥中央にドームが見えますよね・・・・今度中を見学しようかな?。

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此れが本館の西側ですね、此れから等々力渓谷を散策です。

 

2019年12月11日 (水)

三原城跡に行って来ました(毛利家の両川の小早川隆景の城)。

2019年12月5日(木)に三原城跡に行って来ました、此処広島県三原市の三原城は毛利家の両川と言われた毛利元就の子、隆元・吉川元春・小早川隆景のうちの隆景の居城です、元は三原市本郷の高山城・新高山城でしたが、この三原に城を築城・・・瀬戸内海を収めたのです、隆景は豊臣秀吉から秀秋(当時12歳)を毛利家の養子にとの話があり、毛利本家でなく小早川家へ収めた話は有名ですね・・・あの関ケ原で東軍に寝返った人で・・・豊臣秀頼が生まれ邪魔にされ実力も無く21歳の若さで早死にしましたねアル中だとか、隆景はその結末までは知りませんが。
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三原城の天守の石垣です、新幹線ホームからです・・・三原城付近は山と海が近く鉄道が三原城を横切り遺構がこの濠と石垣のみです。
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駅の窓辺に三原城跡の碑が見えます、この上が本丸で此処は本丸。
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駅脇から天守台跡に出ます、右脇は西国街道で山が迫っていますね、この山麓にお寺が多数あり城の外郭をなしているのです。
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天守広場です。
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縄張り図・・・・三原城は海側の大小の岩場の上に築いた海城なのです、三大海城、ここ三原城・高松城・今治城です、小早川隆景は知将で有名ですからね、真ん中が本丸で両サイドの郭、現在は頭の少しが天守台石垣と堀と本丸右下の出っ張た部分舟入櫓部分が明確ですね。
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新幹線の下側にも隠れ石垣が・・・。
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山側の西国街道側南西から見た水堀と天守石垣。
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角度をかえて北側から。
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ここは駅脇から見た石垣です(東側)。
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駅・・新幹線したの石垣です・・・すこし保存。
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駅・・・南側(海側)に残る本丸中門の石垣、西側の曲輪へ繋がる虎口ですね、脇に一番槍櫓跡も。
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舟入櫓跡の説明。

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昔の城と現在を重ねました図・・・舟入櫓の場所は海につきだしていて船が入り込む入江ですね、因島の村上水軍は目の前ですからね・・・・毛利の水軍は当時有名でこの小早川隆景が頭領なのです。
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舟入櫓の石垣を外側から見て回ります。
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当時は此処が海に面した先端ですね。
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櫓はここまででこの先は当時船溜まりなのでしょう。
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右奥が舟入櫓、此方側は入り江でこの辺りに軍船がもやっていたのでしょうね?。
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糸崎神社です、三原の隣の駅。
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糸崎神社の楠の巨木?、三原市本郷の新高山城跡に行く時間が無くなり少し寄り道しました、確かに根元は太いのですが?、バスで本郷を通ったので新高山の城跡の看板が見えました残念でしたが、バスの本数も少なく結構移動しながらアチラコチラ回るのは難しいので此処までです。

 

 

 

2019年12月10日 (火)

福山城に行って来ました。

2019年12月5日(木)に福山城跡に行って来ました、今日は広島から福山城・三原城・新高山城・広島空港の予定でした。

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福山駅新幹線ホームから見た福山城です、元和5年(1619年)徳川譜代の水野勝成が備後10万石の領主となり築いたお城ですね、城の石垣スレスレに鉄道が・・・。

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同じくホームから角度を変えて見ました。

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ホームヤヤ後ろ(広島側)から見た本丸石垣と伏見櫓(現存)。

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ホーム前方から見た福山城、手前が月見櫓・鏡櫓・天守閣・・・・いい景観ですね石垣・櫓・・・・・これぞお城ですね。

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福山駅周辺です、流石に水堀はありませんが、駅裏に福山城です。

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昔の福山城・・・大手門辺りは丁度駅ですね。

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本丸への虎口、正門です右側が筋鉄御門(現存)、左側の伏見櫓とこの御門は、築城に当たり伏見城から移築したものとか、将軍に可愛がられていたのですね。

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本丸南面、筋鉄御門・多門櫓・御湯殿・月見櫓と在ります。

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振り返ると、伏見櫓・筋鉄御門・多門櫓。

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もう少し近ずいて、御湯殿・月見櫓。

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城内石垣上から見た筋鉄御門。

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本丸城内に入り、筋鉄御門横から見た伏見櫓・・・三層の隅櫓で将軍秀忠の贈り物ですね。

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本丸から見た(南側)福山城五層六階地下一階隣に二層三階の付櫓、高覧廻縁で唐破風・千鳥破風を設けた堂々としたお城ですね。

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角度を変えながらお城を見ていきますね。

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城内西側にある鐘櫓。

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本丸東側に有る二の丸への虎口と石垣。

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二の丸虎口から振り返り見た鏡櫓と奥が月見櫓。

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二の丸虎口から見た福山城、右側は二の丸石垣。

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二の丸です、像は水野勝成。

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二の丸から見た福山城。

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二の丸から見た鏡櫓・月見櫓。

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北側庭園内から見た所。

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西側本丸下から見た鐘櫓。

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駅前東南方面から見た石垣・月見櫓・鏡櫓・福山城天守閣、イヤー見事なお城です、此れより三原城へ・・・なんと駅に電車が来ない信号機トラブルとかで12時近くになると!!!、結局大幅に遅れ新高山城跡はパスすることに(泣き)・・・次は三原城へ。

 

 

2019年12月 9日 (月)

岩国城跡に行って来ました(岩国城・錦帯橋)。

2019年12月4日(水)に山口の岩国城跡に行って来ました、広島の毛利一族の本拠地高田郡山城を散策後、この山口のJR岩国駅へバスで錦帯橋へ此れから岩国城です。

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岩国の錦川の山沿いに岩国城があり、お城と城下町を繋ぐ橋があの有名な錦帯橋です。

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錦川に架かる錦帯橋です、石積の橋脚が4個に5連の太鼓橋が釘を使わず木造の橋で有名なのです。

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橋の向こう側の横山山頂にお城が見えますね・・・岩国城です、橋は1673年三代藩主吉川広嘉が城下への橋が川の増水で流失するので流されない橋を指示で来たそうです。

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川から見上げた岩国城です、毛利家は関ケ原の戦いの後で周防・長門2カ国に減封、ここ岩国城は毛利両川と言われた、吉川元春の子広家が築いたお城です、慶長8年1608年完成した山城で山麓には御土居と呼ばれる通常の生活空間をもった中世の城郭なのです、しかし、元和元年1616年の1国1城令により破却されたお城なのです。

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もう一度橋の真ん中より、この正面のロープウェーから山頂へ今は登れるのです。

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山麓にある藩庁跡です石垣水堀に囲まれた城郭です、櫓に見立てた錦雲閣。

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ロープウェーから御土居の水堀・錦雲閣、左側一帯が岩国藩藩庁。

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上から見た錦帯橋なのです。

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岩国城縄張り図です、山頂を削平した山城で大きく三個に分かれた曲輪ですね。

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本丸西側下にある井戸、水の手郭です。

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水の手郭の横から登・・本丸と二の丸の間にでます。

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二の丸ですね。

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本丸です、三層四階の上に物見を置く建物で上の階が下の階より張り出した桃山風南蛮造りと呼ばれるそうです。

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50m程奥に当時天守台石垣がありました、岩国城を復元するにあたり錦帯橋から見える位置にお城をずらしたのです、この奥右側が空堀・北の丸方面です。

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天守台石垣方面から見た岩国城です。

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此処が北の丸です、右側が空堀。

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空堀(堀切)左側が北の丸、右側が本丸です。

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天守から見た錦川、錦帯橋・・・左側が御土居(御舘)の辺りですね。

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もう一枚岩国の町と瀬戸内海。

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もう一枚岩国城。

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二の丸の虎口。

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二の丸虎口を下、右側の石垣の向こう側からも同じような虎口があり、両方から挟む作りとか。

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これは二の丸西側に有る石垣で当時の石垣も随所にみられるとか・・・北の丸方面にもあるみたいですね、城は破却したが積極的ではなかったみたいですね、明日は福山城・三原城・新高山城を散策し帰路に・・・・・でもアクシデントが発生・・・。

 

2019年12月 8日 (日)

高田郡山城に行って来ました(毛利一族のルーツ)。

2019年12月4日(火)に広島県吉田市高田の郡山城に行って来ました、此処は毛利一族の居城で此処から大きく羽ばたいたのです、毛利元就の居城の、吉田盆地を見渡す可愛川・多治比川の合流点の北側に築かれた山城です、山上と山麓部で構成された中世の城郭ですね。

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広島のバスセンターから90分ですが朝の渋滞で2時間弱近くかかりましたかネ・・・雨が降ったり止んだりでハラハラ・・、帰りは途中のJR可部駅で下車し横川駅にでました。

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歴史民俗博物館(上の地図左下)の脇から時計回りに山城へ(結局搦め手方面から)。

毛利隆元の墓所です、毛利元就の長男ー毛利隆元・次男吉川元春・三男小早川隆景・・・三本の矢の話は有名ですね、急死で毒殺説も?。

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毛利一族のお墓と奥に毛利元就の墓がある洞春寺跡です・・・全くのお城裏側コースから入ってしまいましたね。

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お墓の上横から、イザお城へ・・・・。

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ハイキング気分で・・・目指すお城は右奥に見える向こう側の山です。

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漸く着きました、お蔵屋敷の脇へ、曲輪ですが・・・・此処の呼び名は壇・・と呼ばれる。

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此処は二の丸への上り路ですね、二の丸前に帯曲輪が有りますが。

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帯曲輪から二の丸への虎口、上が二の丸で右側が三の丸方面です。

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虎口から見た二の丸、奥の段丘上が本丸と続きます、右側下が三の丸。

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二の丸から見た三の丸ですね。

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二の丸です、奥の上が本丸と櫓台です。

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二の丸虎口から見た本丸と奥が櫓台です。

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本丸櫓台跡です。

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櫓台から見た下が本丸、その先が二の丸、三の丸と続く連格式城郭ですが、他にも沢山の曲輪(壇)が尾根上に有ります。

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二の丸から見た三の丸。

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三の丸です・・・・この先にも小さな壇があります。

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お蔵屋敷から下る路の横が最大の壇、勢溜の壇です、幾つかの段丘の開かれています。

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段丘の先に展望が開けます・・・・高田の町が眼下に。

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壇の横の道ですが急坂です上る敵を上から追い落とせますね、此処は毛利元就が天文9年(1540年)尼子勢3万の大軍をむかえうけ5か月耐えたお城なのです(郡山の合戦)、山全体が城郭で比高190mでの防御なのです。

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途中にも尾崎丸の曲輪がありました、尾根を削平し堀切・切岸で囲ったものですね。

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安芸高田市役所前から見た郡山390mの城山です、展望台に”いちもんじみつぼし”の長州毛利家の旗が、此れから、昨日どうしようかなと考えていた武田の銀山城を横目に見ながら岩国城へ向かいます、方向が違うので・・・・。

2019年12月 7日 (土)

広島に行って来ました(毛利一族の城跡巡り・広島城)。

2019年12月3日(火)から5日(木)にかけて、毛利一族の城跡を巡ってきました、まずは広島城からです。

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飛行機の機内から良く見えました、冠雪の南アルプス・・・山名?。

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上が東側ですね、JR広島駅の方向で縮景園(後程)は裏御門から真っ直ぐ先、原爆ドームは右側700M位先です、広島城は三大平城の一つで他は名古屋城・岡山城で戦前は三つ共国宝でしたが、先の大戦で三城とも焼失・・・残念なことですが三城とも復元されましたね、上側に京橋川、下側に太田川にはさまれた三角州で三重の堀(内堀・・(現存)・中堀・外堀)の輪郭式平城です、毛利輝元が本拠地の安芸高田の郡山城から新たに築城したものです、当時豊臣政権下で112万石の大大名です、天正17年(1589年)。

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当時の三の丸(合同庁舎側)から見た内堀・二の丸の太鼓櫓・多門櫓・平櫓です。

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二の丸正面・・・御門橋・表御門・・・・右側は平櫓です。

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二の丸内部から見た太鼓櫓と多門櫓です。

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原爆の爆心地から740mの距離ですが二の丸城内ユーカリとマルバヤナギの木は被爆の木ですが元気に頑張っています。

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二の丸から本丸への虎口・・・中の御門ですね、右側の木がが被爆の木マルバヤナギです。

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本丸の石垣の上から見た二の丸全景と右側の手前の木がユーカリです。

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細長い本丸の奥(北側)に有る天守です5層5階の堂々としたものです、最上階は華頭窓で高欄廻縁です。

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天守から見た南方面(原爆ドーム方面)本丸城内と西側の内堀。

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東側から見た天守、唐破風は広島城はありませんね。

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裏御門跡です、虎口は2個のみですね。

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東側の内堀と石垣です広島城は櫓の数が多く石垣沿いに多数の櫓が存在していたのです。

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再び南側へ。

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少し西側へ回り込んでの広島城。

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少しずつ堀沿いを進みながら。

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すこしアップで。

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北西の角から見た広島城と堀に映る逆さ城。

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縮景園・・・江戸時代浅野家の大名庭園泉水式庭園・・・夕照庵と紅葉。

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同じく。

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濯えい池と跨虹橋(太鼓橋)と清風館。

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濯えい池と水心島、如何ですか、広島城、予定では武田山の銀山城(安芸の守護武田家の山城)も見たいと思っていたのですが、ゆっくり見ていたらとても無理なので諦めました、明日は朝早くから、毛利家の本城の高田郡山城へその後岩国城へ登城します。

 

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