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2020年2月25日 (火)

逆井城跡に行って来ました。

2020年2月24日(月)に茨木県坂東市の逆井城跡(飯沼城跡)に行って来ました、交通の便が悪く以前より行きたいと思っていましたが、息子のスケジュールと会い急遽行けることに、車では比較的楽に行けましたね。

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逆井城跡の案内図です、上が北側です、下側中央が大手門の筋で左側手前が空堀、左側が西の2の曲輪、大手門から直線で区切り西側の曲輪、大手門から右側斜めが古城でその奥から右側が本丸(御北条が改築)、右側が東2の曲輪で右側手前が3の曲輪に大雑把に分割されています、

左側には蓮沼、北側は西仁連川(昔は飯沼)で西・北・東は湿地帯だったのです、湿地帯に立つ平城です、逆井氏は古河公方に所属、御北条に攻められ滅亡、天正5年(1577年)北条氏繁により大掛かりな改築がなされた・・・・後北条の栃木茨城方面に進出する拠点・・・佐竹氏がいましたからね、お城の説明が現地で少なく?。

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大手門から城外を時計回りにまず見て回ります、大手口の土塁の上に二層櫓が・・・中世のお城の雰囲気が伝わりますね、土塁に架かる木橋もいいですね。

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水堀と二層櫓が・・・。

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角を回り込み蓮沼方面へ、西二の曲輪に立つ井楼矢倉です・・・・どこかで?、そう長野の荒砥城でも見ましたね、復元されイメージがより鮮明になりますね、中世と近世がごっちゃになりますからね。

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水堀の脇を回り込み裏側(北側)の西仁連川へ・・・此処は搦め手?の虎口?で左右を土塁で正面も土塁で抑えた虎口・・左右は馬出?。

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虎口内右側の土塁と右側は堀切の空堀です、右側は本丸側です、正面は当時は沼地ですからね。

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搦め手口から真っ直ぐ奥へ、小刻みの空堀が刻まれています、多分古城(逆井氏時代)の本周辺?、左側が空堀で奥が本丸です、右側が西2の曲輪法目になりますね。

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古城?土塁上から見た空堀・・・中央は鐘堀池(逆井氏落城の折に城主の娘?が鐘と沈んだとの伝説ある?)、左側は本丸。

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逆井城跡の説明版?・・・・わかりますか!。

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撮りの周辺を回り込みました、右側が本丸で奥が鐘堀池。

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なをも回り込むと、本丸に架かる木橋と復原された櫓門です、右側東2の曲輪側です。

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此処が東2の曲輪です、奥には空堀が有りその向こう側が三の曲輪側です

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復元された櫓門と木橋です。

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木橋上から見た空堀、右側が本丸、本丸側は土塁で積み上げた有ります。

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逆側ですね、左側が本丸。

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此処は東2の曲輪の東の外れ。

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本丸から見た先程の搦め手がわの川筋です(昔は飯沼)。

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本丸に残る社・・・・、この城の城主になった北条氏繁は氏綱・氏康に仕えた綱成の子で綱成は地黄八幡の北条軍の黄備えの猛将で天文15年1546年河越の夜戦で半年間の籠城戦に耐え逆転した人です、北条一門で玉縄城主だったのですからこの地に力を結集したのでしょうね。

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此れが鐘堀池です、本丸側からです、向こう側が古城側?でしょう、その向こう側が西の2曲輪側ですね。

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東2の曲輪側・奥が三の曲輪で大軍が収容できる形みたいですね。

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東2の曲輪端から見た本丸側の空堀と櫓門。

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東の2の曲輪と3の曲輪の空堀、向こう側が3の曲輪ですね。

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東2の曲輪林の向こうが本丸。

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此れも2と3の曲輪を繋ぐ木橋、天正18年1590年豊臣秀吉の小田原征伐により、本城も没落廃城となったのですね。

 

2020年2月20日 (木)

難波田城跡に行って来ました(埼玉県富士見市)。

2020年2月19日(水)に埼玉県富士見市の難波田城跡に行って来ました、東武東上線志木駅東口からバスで下南畑バス停へそこから歩きました、南畑=難波田・・・なのでしょうね、難波田弾正左衛門尉善銀の城とか・・・・松山城を預かり扇谷上杉に所属していましたね、後北条に敗れましたかネ?、荒川と新河岸側の間の湿地帯のお城で三重の水堀に囲まれた珍しい平城です。

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現在は難波田城公園です、右側半分が城跡ゾーンですが、公園上側は宅地化され当時の曲輪は欠けています、左側は古民家が展示されていました。

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当時の縄張り図です、下側が大手門で、中央が本丸(本曲輪)でその上が二の丸(二の曲輪)ですが、上部は現在宅地で有りませんね。

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左側中央辺りから、城内へ、水堀と曲輪3のあずまや目に入ります、左側が本城です。

 

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少し空堀に近づき曲輪3のあずまや、左側が水堀を隔て曲輪2です、右奥が大手門(追手門)側です、こちら側は搦め手側ですね。

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どうも、図と居場所がしっくりしないのですが、今は図の左側か中央左辺りか?、いずれにしろそれ程大きくはありませんね。

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本城です、碑があり、後は民家でそこが本城なのでしょうね?。

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本城の碑から見た本城門と橋・・・狭く空堀ですが・・・広く水堀だったのでしょうが、曲輪2・・馬出の説明が有ります。

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曲輪2(馬出)から見た本城側です、本城門(冠木門と碑)・・・本城は住宅地なのですね。

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曲輪2から見た最初に来た方です、右側は民家ですね・・・本城は結構広かったのでしょう?。

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曲輪2から振り返り見た水堀と曲輪3のあずまや・・・・その向こうが資料館でその後ろ側が古民家展示ゾーンですね。

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曲輪2側から見た東門側と復原橋。

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橋を渡り振り返る(曲輪3側)曲輪2です、右側が本城曲輪1側ですね。

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東門外から見た所です。

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曲輪3から見た曲輪2.

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廻込曲輪3から見た曲輪2と本城(曲輪1)方面。

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曲輪3の外れ大手門手前の筋違い虎口、正面大手門、右側が曲輪4.

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土塁上から見た曲輪4方面、正面は資料館。

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同じ場所から見た筋違い虎口。

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追手門(大手門)冠木門に屋根を乗せた棟門。

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資料館前から見た難波田城です、正面のあずまやは曲輪3、左側奥が曲輪2側ですね、輪郭式平城の片割れですがイメージは府から見ますね。

 

2020年2月17日 (月)

奥武蔵丸山に行って来ました。

2020年2月15日(土)に奥武蔵の山・丸山に行って来ました、少し前まで雨の天気予報でしたがマアマアの天気でした。

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西武線の芦ヶ久保駅から芦ヶ久保果樹園側の山に入ります、山水会最初の山行となりました、1月は雨で流会でした。

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横瀬町農村公園ですローーラーコースターがあります、以前乗った覚えがありますね、今回は下側から回り込み日向山分岐の方面から上ります、私は何時もは右側から上りますが。

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この辺はあしがくぼ果樹公園なのですね、車で来れるのですが、歩く道は結構急坂なのです。

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途中から見える武甲山です、石灰岩の為削られて・・・。

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木ノ子茶屋少し先から山道へ入ります、私は雪を期待したのですが有りませんでしたね。

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途中山神でしょうか、大岩の前に社が・・・・。

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大きな松でしょうか裂けていました、まだ急な山道が続きます、見晴らしはありませんね。

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丸山山頂960mと展望台です、ここ丸山は見晴らしが良いのです、・・・・槍ヶ岳が見えるとか・・。

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展望台から見た武甲山です、何となくもやっていますね。

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秩父の名峰です・・・・両神山ですね。

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解りずらいですね・・・・浅間山かな。

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大野峠方面の途中にあるパラグライダーの飛び出し基地・・・2機程浮かんでいました、風も少しあり丁度良いのかも!。

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大野峠です、此処から赤谷・芦ヶ久保へ下ります。

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いきなり急坂を下りますね。

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沢は大きな岩がありますが、崩れ個所も見えます、台風の影響ですかネ。

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結構岩場が露出・・・・。

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漸く国道わきの村落に下りました、此処から1km強の国道を歩けば芦ヶ久保の駅へ出ます、結構汗をかきましたが良い山行でした。

2020年2月13日 (木)

桐生の吾妻山に行って来ました。

2020年2月11日(火)に桐生の吾妻山に行って来ました、群馬県桐生市の町中近くの低山(標高481m)ですが岩場の山です、近所の皆さんが毎日登山されている山です。

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桐生駅北口の道を真っ直ぐに進み、桐生第一高校を右に見て、左側方面へ、光明寺を目指します、此処は光明寺の駐車場裏がです。

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駐車場裏の道を少し進み山側の道へ。

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この辺り四季の小路?でしょうかネ、右上方向へ上り道路に架かる橋へ出れば後は一本道ですね。

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道路に架かる橋手前の案内図・・・2か所男坂・女坂の分岐があります、男坂はむき出しの岩場のコースです、落石には注意が必要ですね。

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橋を渡り少し進むと舗装道路に出ますが、短く終点から山道に入ります。

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1回目の分岐です、男坂を上ります、直進です。

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もう少しで合流点ですね。

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今登って来た男坂を振り返りました、桐生の街も眼下に見えますね。

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右側が男坂側で女坂との合流点です、右の大岩がトンビ岩の展望岩です。

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トンビ岩からもしばらく岩場が続きます?。

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しばらくすると穏やかな山道に代わりますね。

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再び分岐が2度目の男坂左側に行きます。

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少し横に入り急な岩場に入りますね、コースによりますが急な岩場で溝状なた落石が怖いですね。

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再び登り切り振り返ります、この木道の左側が女坂で、右側が男坂です。

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結構岩場の山なのです、以前にも来ているのですが、すっかり忘れています、カタクリの花が沢山有ったのだけは覚えているのですが!。

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吾妻山山頂481mです。

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山頂の石の社です。

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山頂からの桐生の街並みです、渡良瀬川ですね、今度左側奥の桐生城跡に行ってみたいのです・・・ヤハリ山の中のお城ですがね、食事をして帰りは女坂を下り、佐野城跡をみて帰りました。

 

2020年2月 2日 (日)

青梅の今井城跡に行って来ました。

2020年2月1日(土)に青梅の今井城跡に行って来ました、Dsc00520

八高線の金子駅から歩きました、東飯能方面から線路を渡りT字路の大通りを右に霞川の端を渡りすぐ左側の川沿いを上流に歩きます。

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入間川の支流の霞川です、川沿いをT字路まで歩き、T字路で川を離れて右側に少し歩くと大通り此処もT字路左側に進みますね。

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金子橋(霞川)に出ます、埼玉県と東京都の境目です橋を渡らず右側の山根通りを少し進みますね・・・駅から20-30分(迷わなければ)私は迷いましたね。

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山根通りのこの看板が目印です、この建物の奥の林が今井城跡です、私は此処で今井城跡はこの辺ですかと尋ねたら・・・この山根通りの大分先だと告げられました(途中でおかしいと感じたので結局無視しました)、右側を巻いても・・・、少し先右からも入れますが少し解りずらいですね。

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此れが今井城跡の縄張り図です、下側が山根通り、右側がカンバンを回り込むほうです、たいして大きい城跡ではなく地方の豪族のお城ですが此れから見るように遺構は良好に保存されていましたね。

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此れが大手門側からのお城の入り口です、二の曲輪の脇の外郭へ出ます。

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カンバン脇の道へ、この竹林は三の曲輪です、少し先を左側に回り込みます。

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此処が三の曲輪・・・・大分道路で削られているのでしょうが、ここは加治丘陵の南端の舌状台地ですね、この少し先から城内に入れる場所が有ります。

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此処先程の縄張り図では外の外郭ですが城内の一部??で右側上に案内図が有ります、左側が今井城です。

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外郭の上にありました今井城跡の案内図です、この奥に空堀があり、二の曲輪・一の曲輪と続きますね。

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案内板の後です、丘陵の高台が続きますね、住宅地も脇まで来ていますね。

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空堀ですね、左側が外郭(案内板がある方)、右側が二の曲輪です。

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外郭から見た二の曲輪です。

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此処が二の曲輪です。

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これは二の曲輪から見た一の曲輪と空堀此方のからほりの方が大きく深いですね。

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二の曲輪の一部が一の曲輪を回り込むように突き出いますね前は空堀でその向こうは一の曲輪を取り巻く腰曲輪みたいですね。

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その先は民家の中庭へ続きます・・・多分大手筋ですね。 

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二の曲輪から一の曲輪を見ました、この空堀が回り込むように有るわけですね。

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此処も二の曲輪から見た一の曲輪の空堀です。

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これは二の曲輪の空堀です外郭と分けていますが堀が浅く小さいですね。

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此れも二の曲輪の空堀です。

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先程の裏側の道路が見える所です、二の曲輪と三の曲輪の境目です、此れから三の曲輪帆面へ。

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三の曲輪を進みます・・・左側の道路があり低く削られているみたいですね。

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これは手前が三の曲輪側で右側が一の曲輪です。

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此れも三の曲輪から見た一の曲輪です。

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三の曲輪にある虎口でしょうか、一の曲輪の外側湿地帯へ下る?。

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三の曲輪から見た道路側・・・大分道路で削られているのか??。

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一の曲輪と三の曲輪の空堀の中から見た。

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一の曲輪です、三方に土塁が積み上げられています。

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一の曲輪に有る社ですが、朽ち果てていました、今井城は今井四朗左衛門経家の居城で武蔵七党の児玉党出身とか天正年間(1573-1592年)に後北条に滅ぼされた、築城時期は鎌倉後期ー室町時代中期に有った居館を後北条が改修築城、中世豪族の館で規模は小さいですが遺構は良好でした。

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