« 2020年2月 | トップページ | 2020年5月 »

2020年3月28日 (土)

皆川城跡に行って来ました(栃木)。

2020年3月26日(木)に栃木市の皆川城跡に行って来ました、栃木駅からふれあいバスで皆川郵便局前です。

Dsc02025

郵便局前で下車・・・少し戻り分岐に案内板が皆川城址ですよ。

Dsc02028

分岐を右側に入り、少し直進・・・右手に小高い山が見え山頂に展望台が・・・あれが皆川城本丸です、入り口は皆川公民館からです、左ての土塀が皆川公民館(以前は学校とか?)(皆川氏の居館跡)、公民館でパンフレットを頂きました・・・外にもありましたね。

Dsc02031

公民館脇から(此処は居館)山側へ・・・・いきなり竪堀目の前に。

Dsc02034

皆川城へは直進して登らず、時計回りに山裾を回り込みますね、この道を回り込みます。

Dsc02037

案内板と頂いた資料を見ながら左側から裏側へ本丸からジグザグで見ながら下りますね。

Dsc02038

皆川城の縄張り図です、別名法螺貝城です、山頂を本丸・二の丸(お花畑)・西の丸と削平し帯曲輪・腰曲輪でグルグル削平し竪堀で区分けされた全山城郭です、戦国期には北の鹿沼を攻略した宇都宮氏から圧力を受け従属、離反をくり返しました、永正13年1515年には宇都宮忠綱と戦い皆川宗成が勝利・・・西方城を奪いましたね、天正12年北条氏政・氏直が来襲し3ケ月に渡る激戦の末和議、北条の傘下に、その後豊臣秀吉の小田原征伐時には藩主皆川広照は小田原籠城に参加、城は上杉景勝らに攻められました、広照は徳川家康を頼み降伏し、城は開城・・・その後お城は廃城(栃木城を築城移りました)、戦国期を巧みに生きた皆川氏のお城ですね。

Dsc02039

此方の縄張り図が解りやすいですね。

Dsc02047

山側から見た、皆川公民館(居館)です山のお城をバックにした中世のお城形式です、東側(栃木市側)にも昔の居館跡が見られますね永野川が有りますからね。

Dsc02049

お城全体?を見ました、幾つかの段丘が見られますね、左の木々が西の丸・二の丸・本丸。

Dsc02060

竪堀です、西の丸下の腰曲輪まで掘られています、わかりやすく見事な竪堀です。

Dsc02067

これは西側の虎口ですね、丁度真横の方角に来ました。

Dsc02085

お城の北側(後ろ側)に回り込みましたね、裏側にもしっかりと段丘削平された防御が見られますね、横矢ですね。

Dsc02091

上から見れば削平された帯曲輪の上から迫る敵兵を上から攻撃ですね、こちら側は木が沢山有りますが下草が刈られ見やすいですね。

Dsc02112

漸く、二の丸脇に上がりました、右側が二の丸(お花畑)です、正面奥が本丸で手前に腰曲輪?。

Dsc02117

登って来た方の反対東側も大きく切り開かれた削平が見れますね。

Dsc02124

本丸の腰曲輪から見た本丸です。

Dsc02125 

本丸の腰曲輪から見た二の丸です、正面が西丸です、左側下から正面奥の下を廻右側から二の丸脇へ登って来たのです。

Dsc02134

本丸脇の腰曲輪反対側見た二の丸です。

Dsc02151

本丸です。

Dsc02155

本丸から見た栃木市市街方面です、右奥に筑波山が見えますが?、正面下の森が東宮神社ですね、後がグランドですが当時は此処も皆川氏の居館跡らしいですね、市街地手前の横線が永野川ですから、防御性が高いのでしょうね、この下あたりに東口虎口もあるのです。

Dsc02169

本丸下の帯曲輪から西方を見ました、右上が二の丸・西の丸、その下が大きな曲輪で井戸・池(土が崩れている辺り)が有りますね、そのしたも段々です。

Dsc02176

二の丸です、奥が西の丸。

Dsc02179

西の丸・・・・道路は堀きりで区切られていたのでしょうね?。

Dsc02183

二の丸から見たお城南側の正面。

Dsc02187

二段目の腰曲輪から本丸を上務、正面が井戸・池跡。

Dsc02209

西の丸下の竪堀上から西方面を見る、段丘での防御が見られますね。

Dsc02224

同じく南側(正面)を見る、向こうの山は大平山・晃石山方面ですね、下は居館。

Dsc02237

此れが竪堀を上から見た所先程は下から見上げました、下が屈折させていますね。

Dsc02239

まず右側方面西の虎口方面まで段々が繋がっていますね。

Dsc02245

竪堀左側から真下を見る。

Dsc02248

竪堀中間から西方の虎口方面です。

Dsc02252

振り返り南側、本丸を望む、この右側も大きな削平ですね。

Dsc02258

竪堀脇から西の丸を見上げる。

Dsc02264

同じく本丸を見ました。

Dsc02282

無事下城、バス停へ向かう途中で皆川城跡を見ました。

Dsc02283

東宮神社です、この後はグランドです、参道を高速道路が横切りトンネルでした、ここも居館とのことです。

Dsc02289

東宮神社裏手から見た皆川城跡です、脇は土塁ですね、東口の虎口には行かずでした、機会があれば。

 

 

2020年3月27日 (金)

栃木城跡に行って来ました。

2020年3月26日(木)に栃木城跡に行って来ました、

Dsc02290

栃木第四小学校グランド側のラーメン屋さん脇を入ると案内板が見えました、左側が四小です、右側がわずかな遺構です。

Dsc02297

この栃木城はこの一帯を治めた皆川家は北条の傘下でした、皆川家の藩主広照は小田原征伐時には小田原城へ籠城、徳川家康

の勧めで降伏、皆川城を失いましたが、家康の助けで本領を安堵・・・天正18年1591年この地に栃木城を築城。

Dsc02301

案内板から右側へ・・・・この辺の方が古い作りの武家風の屋敷がありますね。

Dsc02305

この右奥が栃木城跡です。

Dsc02306

この水堀が遺構の一部?です、小さな栃木城址公園です。

皆川広照は小田原征伐後は徳川家康に仕え家康の第六子忠輝を養育長野の飯山に移り、栃木城は弟の俊勝に預けましたが、慶長14年1609年忠輝失脚に伴い皆川家は改易、城は破城となった為、町中で遺構が無いみたいですね。

Dsc02307

水堀もわずかですね。

Dsc02309

この奥少しを含め城址公園です。

Dsc02311

堀脇がわずかに高台で残っているだけですね、しかし、皆川家は1615年豊臣家滅亡の大阪の役で功あり、1623年常陸国石岡で一万石の大名に復帰していますね、・・・・結構数奇な人生を送った戦国大名ですね。

Dsc02312

現在の遺構は写真中央のボツですから、立派なお城ですね。

Dsc02318

桜の花の栃木城遺構です。

Dsc02324

水堀の角から栃木城跡遺構を。

Dsc02335

遺構の土塁うえから水堀を・・・・、この前に皆川城跡を尋ねたのです・・・皆川城跡は山全体が遺構ですからね。

 

2020年3月23日 (月)

舘山城跡に行って来ました(山形米沢)。

2020年3月19日(木)に山形県米沢市の舘山城跡に行って来ました、伊達氏のお城で後に上杉氏時代に廃城となった城ですね。

Dsc01802

鬼面川に架かる大樽橋です、肥大側が舘山城跡です、会津・喜多方面の道路。

Dsc01811

橋左側から見た鬼面川上流です、正面の山が舘山城です、川が合流地点で左側が大樽川・・・上流に小野川温泉があります、右側が小樽川となります。

Dsc01814

橋を渡りチョット左側がお城への入り口ですね、左側の家が資料館です、正面の川(小樽川)を渡れば舘山城城内ですね。

Dsc01819

舘山城跡の縄張り図です、今上右側の端です、上の方の北館跡には行きませんでした、東館から南側虎口から上がり曲輪1・2・3と見て回りました、此処館山城は伊達家の本城で伊達政宗生誕の城なのですね。

Dsc01820

小樽川の橋を渡ると正面に切岸?が現在変電所なのです、左右に道が・・・右側の北館には行かず左側の東館へ行きました。

Dsc01827

舘山城内東館跡です、正面は大樽川です。

Dsc01835

東館跡の脇・・川は大樽川、奥林の中が大手口があり右側の山への登城口です、井戸跡等が有りますね。

Dsc01840

東館の奥(現林の中)の大手道、正面から右側の登り口が有ります。

Dsc01861

横矢掛かりの斜面をジグザグ登りますね、右側下が東館側。

Dsc01863

曲輪1の虎口に出ました。

Dsc01867

曲輪1です、右側(北東)が先程の変電所が有る切岸の上ですね。

Dsc01871

曲輪1の外れから見た米沢側です、下が鬼面川で右側林が米沢城辺りでしょうかネ?、向こうは蔵王方面でしょうかネ?。

Dsc01872

振り返り見た曲輪1.

Dsc01875

曲輪1の北側斜面・・・帯曲輪が有りますね。

Dsc01876

曲輪1の奥側を見れば土塁が見えますね、川に挟まれた丘陵台地を削平ヤヤ細長い三角な曲輪1ですネ。

Dsc01883

曲輪1から見たヤヤ左側の奥、奥は土塁が見えます。

Dsc01888

曲輪1の右側の奥は枡形虎口で小石の石済みが見られます・・・・此処館山城は江戸期に廃城となり壊したのです、大きな石垣は無いですね。

Dsc01892

しかし、趣のある石済み跡ですね、向こう側が曲輪2へ繋がりますね。

Dsc01895

枡形虎口を出た、曲輪2です、左が曲輪1の土塁で空堀があり左側が曲輪2です。

Dsc01901

逆側を見れば空堀から竪堀が落ち込み脇には帯曲輪が有りますね、この下側は北館ですね。

Dsc01905

曲輪2の奥(左側)には大きな土塁が見えます、正面は大樽川側です。

Dsc01918

曲輪2の川側で切り立つ壁で下に大樽川が流れたお城なのです、

Dsc01921

少し進むと曲輪2の大土塁があります。

Dsc01925

土塁の上に小さな石の社と碑が・・・・・、向こう側も大きな堀切が・・・空堀ですが、今は変電所の堀?。

Dsc01930

大土塁の上です、右側が曲輪2、曲輪下奥が虎口です。

Dsc01931

曲輪2の大土塁上から振り返り見た大堀切・・・右側が曲輪3側の物見台方面。

Dsc01939

曲輪2の虎口です。

Dsc01941

曲輪2の虎口、向こう側が曲輪3側・・・横が空堀・・・今は変電所設備の水が流れている?。

Dsc01943

虎口脇の帯曲輪としたが北館。

Dsc01944

曲輪3の虎口・・・手前は空堀跡・・・今は変電所設備の川?。

Dsc01945

空堀・・・・変電所設備の川?・・北側。

Dsc01946

曲輪2と曲輪3の空堀・・・今は変電所設備の川?。

Dsc01950

曲輪3です・・・狭いですね、後ろの物見台の為の削平地?かな。

Dsc01953

曲輪3から見た堀切による空堀・・・実質此処が後ろの壁ですからね・・・この後の物見台の向こう側にももう一つ堀切が有りますがね。

Dsc01956

逆光を浴びた物見台坂道曲輪3から上ります。

Dsc01957

此処が物見台跡です舘山城の一番奥です。

Dsc01958

物見台から見た空堀です。

Dsc01963

舘山城物見台です、米沢市内からの敵が見える位置ですね、此れで舘山城跡の散策は終わりです、良い城でしたね。

2020年3月22日 (日)

米沢城跡に行って来ました(上杉神社)。

2020年3月19日(木)に米沢城跡(上杉神社)に行って来ました、上山城跡の帰りに寄りました。

Dsc01700_20200322101201

米沢城下の絵図・・・今は上杉神社が水堀で残っています。

Dsc01751

上杉神社(米沢城本丸)と一部周辺。

Dsc01753

上杉神社前から見た舞鶴橋。

Dsc01755

正面水堀を南側から左側が米沢城本丸(上杉神社)。

Dsc01757

南側の堀、米沢城はほぼ正方形の本丸・・・右側、左側は上杉伯爵邸です。

Dsc01771

南側の堀に架かる菱門橋。

Dsc01773

上杉神社正門です。

Dsc01777

上杉神社です。

Dsc01779

上杉神社本殿。

Dsc01782

上杉神社正門の舞鶴橋と昆の旗、向こうは蔵王方面でしょうかネ?。

Dsc01792

北側から舞鶴橋を眺める。

Dsc01793

北側の水堀です。

Dsc01796

西側の水堀です、四角な水堀に囲まれた米沢城跡です。

Dsc01800

米沢城の南側の上杉伯爵邸です、堀の脇です。

Dsc01803

米沢藩主上杉家の墓所です。

2020年3月21日 (土)

上山城跡に行って来ました(山形上山温泉)。

2020年3月19日(木)に山形の上山城跡(月岡城跡)に行って来ました、米沢の小野川温泉に宿泊し明日は朝から帰りですが米沢城跡・舘山城跡を今日一日で見て回ります、この城は以前来たのですが工事中だったので再度見に来ました。

Dsc01680

かみの山温泉駅からの手前の端側から見た上山城・・・高欄廻縁の望楼型のお城ですね・・・以前はシートで見えなかったのでうれしいですね。

Dsc01685

お城の下から見上げます、このお城写真が撮りずらいですね、高台ですが住宅地で電線が多く近づくと城が見づらくなりますね。

Dsc01692

右側の公園側から見た上山城です、如何ですかネ。

Dsc01696

やはり公園側からすこし近づき。

Dsc01700

公園から見た蔵王方面の山です、冠雪の山々が・・・・。

Dsc01702

より近づき城横から。

Dsc01705

お城の横からですね・・・これから後ろ側へ最後に正面へ回りますね、この城は山形最上氏の最南端の城で米沢の伊達氏・上杉氏との攻防が行われたのです、江戸期に土岐頼行が2・5万石がおさめ、寛永5年1628年京の大徳寺の沢庵禅師が流布されたお城でもあるわけです、土岐氏が転封後廃城となったみたいですね。

Dsc01710

お城の裏山にある月岡神社です。

Dsc01716

月岡神社側から見た上山城です、桜の木々が多く、隙間を見つけるのが大変です。

Dsc01731

漸く正面へ出てきました、天守脇の櫓門と華麗なお城の神山城です、電車からも奥見えますが、山形方面でないと見えません、今回は駄目です。

Dsc01735

もう少し角度を変えて、このまま少し離れればよりよい写真が撮れるのですが下がれませんからね、でもこの前見えなっかったので今回見えて良かったです、此れから米沢に戻り、米沢城跡・舘山城跡を見てきますね。

2020年3月18日 (水)

三毳山のカタクリに行って来ました。

2020年3月17日(火)に三毳山のカタクリを見に行って来ました、昨日かどうか迷ったのですが昨日は強風今日は穏やかな天気で正解でしたね。

Dsc01567

みかも山公園東口から入りました、三毳山は関東平野に浮かぶような山で岩舟・大平山へ繋がる端ですね、しかし、三毳山は二つの町に分かれていたのですね・・・初めて知りました北のカタクリは佐野市でみかも山公園は栃木市岩舟町なのです、色が違うので気が付きました。

Dsc01568

此処はみかもやま公園東口です、河津桜が満開でした、此れからカタクリを見て中岳へ・・・尾根を北が。

Dsc01580

山道の階段を上りカタクリを見ました・・・・此処ではよいカメラでないのでカタクリの群生のみです。

Dsc01583

登り詰めると中岳210mです、景色が良く見えますね。

Dsc01586

登った所から下り尾根筋を北側へ青竜岳229m方面を目指しますね。

Dsc01587

木々の葉は落ちていますが、足元に春蘭の花が咲いていました。

Dsc01592

厳しい上り坂ですが青龍岳229mからの景色です、佐野方面でしょうか?。

Dsc01598

厳しい下りを下りもう少しでカタクリが見られます。

Dsc01600

ここが佐野市がわのカタクリ群生地です・・・この案内板は下にあるのですが説明のために順番を変えました、この奥がそうです、私たちは上から下りながら見ました、では。

Dsc01607

ここの群生地は花の下から覗けるので私のカメラでも撮れます・・・カタクリの花です。

Dsc01618

花の中の花門(ギザギザ模様)を撮るためアップにしているのです、腰が痛いのでしゃがみ込大変なのですが。

Dsc01619

このところアズマイチゲが増えましたね・・・カタクリは花が昔と比べると?小さくなっていますかネ?。

Dsc01623

これは花門が良く出ていますか。

Dsc01626

何せ荷物をその都度置いて寝せべり撮るので、撮りやすい花を見つけての作業は大変なのです。

Dsc01645

カタクリの花は下向きですから。

Dsc01649

今回も霧吹き忘れましたね・・・・雨露がかかればより美しく・・・・。

Dsc01653

美しい花でも美しく撮るのは難しいものですね。

Dsc01654

カタクリは夜は花弁が下がり陽が出ると上にそってあがりますね・・・・・如何でしょうかネ?。

2020年3月17日 (火)

慶福寺の江戸彼岸桜(枝垂れ桜)に行って来ました(蓮田)。

2020年3月15日(日)に蓮田市の慶福寺に枝垂れ桜の花の様子を見に行って来ました。

Dsc01552

慶福寺の江戸彼岸桜です、まだ6分咲ぐらいでしょうかネ、でも咲いていましたね、将軍桜の名前がある枝垂れ桜です。

Dsc01555

江戸城から川越の喜多院へ移植され桜だそうです、大正14年(1925年)子木を頂いたそうです、もう少しで100年ですから名木ですね。

Dsc01556

枝垂れの棚を数年前に作り替えたのですが、今は大分枝も伸び落ち着いてきましたね。

Dsc01559

まだ花が少ないかなでも大分枝垂れ如何です。

Dsc01561

来週にももう一度見て見ますかネ・・・・・ライトアップは今年はどうなのかな?。

2020年3月15日 (日)

桐生城跡(柄杓山城跡)に行って来ました(群馬桐生市)。

2020年3月12日(木)に桐生城跡に行って来ました、桐生駅からおりひめバスで城山入口のバス停へ。

Dsc01334

バス停脇にありました、案内板です、女子高校前のバス停からも歩ける距離でしたね、帰りはバスの時刻の関係でそこまで歩きました、取り合えず城山入口から舗装の林道を上り日枝神社のコースを歩きました。

Dsc01337

林道を上り駐車場まで、奥左側に案内図がありました、まだ舗装道路が続きますね。

Dsc01339

案内板1此れからもう少しで桐生城跡。

Dsc01338

案内板2・・・今右下、少し上がれば分岐・・・左側へ城の案内図(縄張り図は此れだけでしたね案内は無い)・・・私は北郭方面へ行きそこないました残念ですが(悔しい)・・・多分堀切から竪堀脇から下るのでしょうが?。

Dsc01341

此処が分岐ですね、直進し右脇から漸く山道へ入ります、左側は土塁みたいに積み上げた土砂の作業場?・・・お城を作るの?。

Dsc01348

作業場横の山道を少し登れば本格的な山道に入りました。

Dsc01352

山道を進み鞍部へ右側は?、左側が桐生城(柄杓山城)の三の丸への入り口の尾根ですね。

このお城は連格式で三の丸・二の丸・本丸・・・脇に北郭等が有りますが・・・でも居館は本丸側下の山裾向こう側になります、お城は藤原姓足利系佐野氏一族の桐生氏が築城、観応元年1350年頃?、戦国期は北条・上杉らに従い群馬太田金山城の由良氏と抗争、元亀4年1573年由良成繁が攻め桐生親綱は佐野へ逃亡、以後由良氏の居城(北条方)、天正18年1590年廃城。

Dsc01354

分岐の尾根を左側へ、すぐに堀切で区切られた三の丸が現れます、右横は竪堀ですね、ぞくぞくしますね。

Dsc01356

堀切です、右側が三の丸です、道は山の向こう側へ回り込みますね。

Dsc01358

堀切の底道を進みます、正面は竪堀、右側に山道が変わりますね、右側が三の丸で横矢ですね。

Dsc01361

しばらく三の丸脇の道が続きますね、横矢が続くわけです。

Dsc01366

三の丸切れ目は大きく堀切られ左右には竪堀です、道が右側に正面が二の丸です、よく見ると左側に入れそうですね。

Dsc01369

三の丸の虎口から見た二の丸方面、この後三の丸へ・・・中は手入れが無く意外と細い。

Dsc01372

二の丸脇の道です。

Dsc01381

二の丸と本丸の堀切です、横は竪堀です。

Dsc01383

これは二の丸を戻り三の丸との堀切ですが、藪があり見ずらいですね。

Dsc01388

二の丸から見た本丸前の堀切と本丸虎口、手前の木が根事倒れて下の堀切を見ずらくしているのです。

Dsc01391

本丸の虎口です、小さな枡形?、回り込んでいますね。

Dsc01392

本丸の虎口上から見た二の丸との堀切です・・・・此処からは良く見えますね、左側から来るわけです。

Dsc01394

すぐ小さな削平地がありこの奥が本丸です、回り込みますね。

Dsc01395

本丸ですね、回り込みますね、虎口は向こう側です。

Dsc01398

本丸脇を回り込みますが、この右脇下にも帯曲輪が有るみたいでしたね・・・上から見ると削平が見れますが降りる道は?。

Dsc01399

本丸脇を回り込み木々が切れてきました、桐生市内側へ来ました。

Dsc01404

これは土が崩れない様・・・、見晴らしが良いよう木々が切り払われています。

Dsc01406

本丸です、今日は誰にもあわず・・・、桜の時期は名所なのかな?。

Dsc01407

桐生柄杓山城の立派な碑があります。

Dsc01410

本丸から見た桐生市内方面です、この下が日枝神社居館方面となります、此処は詰めの城なのでしょう。

Dsc01414

本丸の北東側?も下側に削平地が見られます・・・居りませんが。

Dsc01416

本丸から日枝神社へ下ります、急な斜面の坂道です。

Dsc01418

急な斜面を下り降りると段々の削平地が見られます、この辺からが居館・・・桐生館でしょうかネ?。

Dsc01421

少し下側に社がありました、まだ日枝神社まで少し距離がありますね。

Dsc01423

この辺りも削平地で向こう側は切岸みたいですね。

Dsc01428

日枝神社脇に降りました、神社脇に楠の巨木が見られました・・・幹回り3-5位の立派なものですね。

Dsc01436

日枝神社から少し離れて楠に囲まれた風情があるり、桐生氏にゆかりのある神社です。

Dsc01437

日枝神社(右下)と柄杓山です、社は右上の緑の林あたりですかネ・・・・やはり山城は遺構が残されて見ごたえが十分にありますね。

 

2020年3月14日 (土)

山上城跡に行って来ました(群馬県桐生市)。

2020年3月12日(木)に上毛電鉄の膳駅から山上城跡に行って来ました、その前に膳城跡に行き、北側に抜けて無事山上城跡へ、意外と近くでしたね。

Dsc01501

山上城跡入口です・・・・。

Dsc01502

模擬櫓?を入ると三の丸に入る木橋が・・・・三の丸は公園ですね。

Dsc01504

三の丸にある案内図です、皆さんが荷物置き場に・・・・少し横にどけて写真を・・・左側公園の外に南曲輪が有りますね、丘陵地を空堀で区画し横にも長い空堀と土塁で囲んだ連格式の中世のお城ですね。

藤原秀郷の流れをくむ山上氏のお城で関東管領山内上杉の重臣、天文15年1546年河越夜戦にも上杉軍として参戦、弘治元年1555年北条氏康により山上氏秀は城を奪われます、永禄9年1566年戻るが、永禄12年1569年上杉謙信の関東攻略で山上氏は滅亡、天正8年1580年武田勝頼により落城と有名な武将に攻められたお城です。

Dsc01505

三の丸です、正面先が二の丸。

Dsc01509

三の丸と二の丸の空堀です、二の丸脇に腰曲輪が北郭まで、右側は土塁でもう一つ腰曲輪が見られますね・・・見た目防御性は高く見受けられませんね。

Dsc01510

三の丸と二の丸を分ける空堀です。

Dsc01511

先程の二の丸の虎口と腰曲輪です。

Dsc01513

二の丸の虎口から三の丸方面を見ました。

Dsc01514

二の丸から見た腰曲輪、その左下にも、もう一つあります。

Dsc01515

二の丸です、奥の盛り上がる所が本丸と本丸二の丸は強く分かれていませんね。

Dsc01517

二の丸西側の土塁です、此方も、空堀・土塁と続いていますね、この空堀は三の丸から北の丸まで直線です堀底道ですね。

Dsc01518

本丸の虎口?、右側奥が本丸で此処だけが空堀で分けられていますね?。

Dsc01526

本丸から北郭を見ました、結構な高さが維持されていました。

Dsc01528

本丸奥に碑、正面が北郭、その向こうが笹郭になります。

Dsc01531

本丸広場です、連格式の簡単な構造のお城です、天正18年1590年の小田原征伐の時には片桐且元らに攻められ落城・・・その後廃城。

Dsc01538

これは西側の虎口?。

Dsc01539

西側虎口から見た三の丸の土塁と空堀、今日は桐生城・膳城・山上城跡を尋ねました、此れで帰りますね。

 

2020年3月13日 (金)

膳城跡に行って来ました(群馬県前橋市)。

2020年3月12日(木)に群馬の膳城跡に行って来ました、西桐生駅から上毛電鉄に乗り、膳駅へ。

Dsc01441

膳駅脇を右側へすぐ大通りを右側へ、少し歩くと案内が在りました、駅から歩いてお城までいけます、左に曲がり兔川を渡れば昔は城内ですね、橋の向こう側が根古屋で右側が南曲輪・追手門方向、根小屋の上方向(北)が西曲輪でその上が本丸です。

Dsc01442

此れが膳城跡の全体図ですね、今は本丸脇から真下に道があり、遺構は本丸・二の丸周辺の曲輪と空堀が残っています、意外にも周辺によく見れば空堀らしき見て取れます、本丸の北側は公園ですが上のお寺さん間でとかなり広いですね。

Dsc01443

坂を上るといきなり膳城跡本丸が・・・・・。

Dsc01444

膳城跡本丸の入り口です・・・それ程大きくはありませんね、西側から南にかけて兔川が流れ、東側に童子川の間の棚状丘陵地帯に空堀を巡らせたお城です。

Dsc01447

本丸の堀底道をまず時計回りに見て回ります、左側は今は通りです。

Dsc01450

反対側へ出てきました、右側が本丸、左側が二の丸。

Dsc01452

空堀の底から見た本丸・二の丸・正面は北曲輪方面ですね、此れから少し先左側を上ります。

Dsc01456

登と空堀があり、左側が二の丸で此処は三の丸(袋曲輪)が有りますね。

Dsc01464

此処が袋曲輪ですね、左側は二の丸を囲む空堀です。

Dsc01472

袋曲輪と二の丸の合流点です、後が西虎口。

Dsc01475

二の丸です。

Dsc01476

二の丸から見た本丸と空堀(先程歩きました)と右側が櫓台です。

Dsc01484

本丸から見た二の丸がわで右奥が先程登った袋曲輪側です・・・・この一角が奇麗な遺構として保存。

Dsc01485

本丸です、右側は通り。

Dsc01487

本丸に残る碑、築城は15世紀後半にはすでに有ったとか善氏(後に膳氏)文明12年1480年佐野昌綱により、落城したが由良氏(佐瀬業繁の援軍で帰城、永禄5年1562年上杉方に降る、元亀3年1572年上杉謙信の下野小俣城攻めで北条軍と戦うが善宗次は討ち死、その後北条軍により落城、膳氏は没落、その後上杉・北条と城主は変わる、天正8年1580年御館の乱で武田勝頼は上杉景勝を支持、上杉景虎の厩橋・大胡・山上・伊勢崎の各城を攻略、膳城近くに来た武田軍(この時武田軍は甲冑を来ていなかった)を膳城から攻撃、逆に打ち取られた”膳城素肌攻め”は有名なお話とか・・・廃城となったとの事。

Dsc01498

後ろは公園でした、三の丸・北曲輪辺りでしょうかネ?、お城が有りました。

Dsc01500

三の丸から見た赤城山ですね・・・これから山上城跡へ道が解るか不安ですが。

2020年3月 7日 (土)

奥武蔵の竹寺に行って来ました。

2020年3月6日(金)に飯能の竹寺に行って来ました、国内旅行の予定でしたが新型コロナの為中止、人気のいない山歩きに変えました。

Dsc01264

飯能駅からバスで小一時間の小殿バス停へ、此処から竹寺を目指します、吾野駅までは約10km・・・今回は豆口峠辺りで引き返します。

Dsc01266

バス停の少し先から山中に入ります、此処はいきなりの急坂が始まりますね、以前は下りましたね。

Dsc01268

途中景色が見えたので右奥が武甲山でしょうか?、左は大持山方面か?、このコースは植林の為景色は見えませんね。

Dsc01269

結構急な登りです・・・・帰りも下りましたが。

Dsc01271

一時間位で漸く尾根に来ました、左に行けば鐘撞堂経由竹寺、直進すれば竹寺です、右側?。

Dsc01274

竹寺の本堂裏手に出ましたね。

Dsc01276

根の権現方面です、竹寺を散策後私もこの方面へ・・・・・途中で引き返しますが、帰りのバスの時間に併せて途中まで・・・景色は見えませんね、此処から竹寺を後ろから見て回りましたが説明は正面からしますね。

Dsc01280

駐車場から入り竹寺の庭です、亀甲竹が左奥が池、牛頭天王の像が有りますね・・・此処は古いお寺の形式が残りますね、本殿は牛頭天王を祀ります、牛頭天王は須佐之男命と同一解釈もありますからね?。

Dsc01281

反対側の入り口脇には竹メガネが池袋方面の高層ビル・タワー等も見える?、左側に瑠璃殿・観音堂があります。

Dsc01283

竹寺の庭ですね、花が色とりどりに。

Dsc01285

竹寺の本坊です、屋根上にお猿さんが居ます・・・・爆竹?を鳴らしても悠然としていましたね。

Dsc01286

本坊と食堂?を繋ぐ廊下橋?・

Dsc01308

食堂?側に巨木が二本ありますね、左側手前のコウヤマキ・・樹齢400年・幹回り3・86mの太田道灌手植えの道灌槇と奥に見えるイチュの木です・・・説明はやはり400年ぐらい?まだ大きく育っていて家が壊れそうとの事、幹回りは図れない。

Dsc01312

裏側から見させて頂きましたが。食堂とトイレの隙間に挟まれ、トイレはすでに傾いていました。

Dsc01321

此れも食堂内部の床下から竹が突き抜けて天井から外へ出ていました・・・でも竹寺では季節には竹料理が食べれますよ。

Dsc01340

竹寺の本堂へ本堂前の茅の輪門です、左側から8の字へくぐり抜けてもう一度左を・・・・門奥が本堂です。

Dsc01350

竹寺本堂です、牛頭天王を祀る本殿です・・・・普通は神社ですね、平成に火事で焼失再建されたのです。

 

« 2020年2月 | トップページ | 2020年5月 »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ