2017年10月13日 (金)

名古屋城に行って来ました。

2017年10月9日(月)に犬山城を見学したのちに名古屋城に行って来ました、地下鉄市役所前から城内へ此処名古屋城は日本三大平城で大阪の豊臣家を意識徳川家康が西国大名に築かせた天下普請の城です、旧国宝ですが戦災で焼失戦後再建されましたが、今話題の木造で再建が進行中です・・・・ぜひ新しい名古屋城も見たいものです。

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市役所がわ東御門から二の丸へと入りました。

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名古屋城外堀です、正面が東御門入り口です、三の丸は左手後ろの堀の外です、大きな城郭なのです。

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東御門入り口です。

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東御門を入ると、右側が広大な二の丸があり此処は庭園です。

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二の丸をなおも進むと堀に囲まれた本丸があります、辰巳(東南)隅櫓と南一の門(表一の門)です。

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南一の門です、内部が枡形構造です、高麗門中が櫓門です。

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南一の門の先にある未申(西南)隅櫓です、それぞれ小さなお城の天守なみですね。

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未申隅櫓と名古屋城天守(北西)です、左側・後がわは西の丸で奥左側が御深井丸でその外側は水堀で囲まれています、名古屋城は徳川御三家筆頭で徳川家康の九男義直尾張徳川家62万石のお城です。

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正門の櫓門です西の丸内側から。

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西の丸から見た大天守。

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未申隅櫓方面から見た表一の門と辰巳隅櫓。

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西側の堀外から見た手前小天守(よくわからず)と大天守。

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本丸から見た小天守(2層2階)と大天守入り口・・・小天守は大天守の関門の役割。

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小天守から大天守への入り口です、出入り口は此処のみです。

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ここ名古屋城は連結式層塔型です、最上階から見た未申隅櫓方面、西の丸正門も見えます、手前は建設中の本丸御殿です。

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本丸から見た大天守・・・・これが木造で生まれ変わるのが楽しみですね。

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連結式層塔型小天守と大天守です、手前の建物は再建中の本丸御殿の一部です。

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此れが本丸御殿の玄関車寄せです、すべて木造による建物です、迷子になりそうな内部です。

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此れが御殿内部、二条城と並ぶ武家風書院造りの双璧です、見事な襖絵ですね。

















2017年10月12日 (木)

国宝既存天守(5個のみ)の犬山城に行って来ました

2017年10月9日(月)に国宝既存天守(5個のみ)の犬山城(2回目)に行って来ました、大垣から名古屋に途中で清州城?が見えました、今回の計画で気が付きませんでした残念です。

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名古屋より名鉄犬山線で犬山遊園(図の右上)駅へ木曽川沿いに既存12天守で国宝5重要文化財7・・・国宝犬山城へ向かいます、尾州藩附家老成瀬家のお城ですね(今でも個人の城ですかネ?)。

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此れは江戸時代の城郭です、今は天守・本丸門・鉄砲櫓ですかね。

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木曽川上流側から見た犬山城天守です横面側ですね、当時は丁度下側の川沿いにも櫓が在りましたね。

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やはりアップでの犬山城です望楼型です入母屋の屋根上に切り込んだように乗っています、廻縁がみえます、下横は石落としですね。

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イザ、お城に大手道を上がります、右側が杉の丸、左側崖下が樅の丸、左奥の石垣の上が鉄砲櫓、正面石垣横が枡形構造で本丸門です。

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此れが本丸を守る鉄砲櫓の石垣です。

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大手門で枡形構造ですね。

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大手門脇から見た鉄砲櫓ですね。

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大手門をくぐり本丸から見た天守です。

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正面から見た所です、右側に付櫓(入り口を守る)、屋根の上に乗っていますね、唐破風がおしゃれですね、天守脇の窓が華頭窓です、三重四階地下二階です。

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入口左脇から見上げました右側突き出しが付櫓です。

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天守建物の内部です、急な梯子で登ります。

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廻縁から見た木曽川です、あの橋右側が駅です。

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これも廻縁から本丸と犬山の城下です、正面が本丸門・鉄砲櫓です。

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大手道を下ります、右側は樅の丸の堀ですね。

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下流の橋側からみた天守です、やや天気が悪くなりましたネ、石落としが川側に在りますね、秀吉はこの川側から攻め上りましたね。

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これもアップで如何でしょう?、流石既存天守12個の写真も漸くそろいましたね、以前は仕事の合間に来たので周りから見ていなかったかな?。













2017年10月11日 (水)

大垣城跡に行って来ました。

2017年10月8日(日)に大垣城跡に行って来ました、当日は大垣市の10万石まつりで賑わっていました。

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駅前通りを少し進むと右側に大垣城跡が在りました、大手門脇の丑寅隅櫓です、大垣城は関ケ原の戦いで石田三成の西軍の拠点になった事でも有名ですね、三重・四重の堀に囲まれた平城ですが戦前は国宝でした。

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戌亥隅櫓脇から見上げた天守です、今は町中と木々がありお城が見ずらい環境でした。

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少し中に入り見上げました。

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本丸中よりの姿です木々が多くもう少し離れたいのですが取れません、江戸時代の本丸は内堀内に二つの分かれた敷地が連結し虎口は一つの防御性の優れたお城みたいですが今は想像しずらいですね。

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お城を正面入り口から見ました。

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現在の大手門です右端が先程の丑寅隅櫓です。

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天守脇の黒門跡とありました、この周辺が堀で此処から橋で本丸へは入れたのでしょう?。

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西側からのお城です、此方がわ公園ですが今日はお祭りで沢山の方がいました、丁度も粽まき前でした。

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西門とお城と戌亥隅櫓です。

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江戸時代の城主戸田氏鉄公の像左が戌亥隅櫓です。

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木が邪魔して、此処で今餅まきが始まり私も二個ゲットしましたがチョット危険でした。

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関ケ原の戦いは1日で終わりましたがその後もここでは攻防戦は続いたのですが最後は裏切りが出て落城したのです、明日は犬山城・名古屋城です、清州城を計画しなかったのが残念ですが!!。










2017年10月10日 (火)

岩村城址に行って来ました。

2017年10月8日(日)に名古屋周辺のお城巡りに行って来ました、まず岩村城跡です。

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明知鉄道恵那駅から30分程で岩村に着きました、1車両の単線です。

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ここ岩村は松平の城下町です、城下の奥の山に岩村城があります。

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城下のメイン道路を進みます、今日はお祭りでした、帰りに見ましたネ。

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酒屋さんに女城主の看板が・・・・おつやさんです信長の叔母が此処遠山家に嫁いだのですが旦那が亡くなり・・・・その後武田軍の秋山虎繁が攻め無血開城・・・夫婦になったのですが信長の為後に殺されました・・・・。

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城下端から山の入り口から山頂にかけて岩村城です、完全な山城です・・・日本三大山城?の一つです。

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山麓にある岩村城太鼓櫓です。

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山道を登りしばらくすると石垣が出てきました、一の門です。

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この辺は山登りですね、横矢がかりのくねった道です。

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土岐門手前です、この辺から見事な石垣が在りますね。

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大手門を入ると両サイドが石垣の通路に入りました右側が三重櫓跡ですね。

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なおも進むと右側に菱型の石垣があり上が二の丸です。

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回り込むと本丸の石垣が見えます、左側はガケです、六段の石垣でとみに有名ですね、左側の石垣の上が東曲輪です。

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左側が東曲輪右側が長局・本丸側です。

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本丸の六段の石垣です。

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東曲輪から見上げた長局埋門です、本丸は石垣手前が長局奥が本丸と二段になっていますね。

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長局門跡です、切り込み接ぎの石垣ですね。

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本丸の六段石垣の上から見た登ってきた道です、正面左側が二の丸で菱型石垣が在ります。

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同じ位置から見た東曲輪と長局門方向です。

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本丸跡です、左側は井戸のあとで、奥が天守跡です。

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岩村城天守跡です。

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本丸脇の埋門跡です。

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味方を変えた埋門跡です、上が本丸、下が長局です。

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埋門を下から見た所です。

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埋門下からの石垣で石垣向こうが六段の石垣です。

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城下は祭礼でした、此れから大垣へ向かいます、結構山道での石段が歩くのに大変でしたが素晴らしいものでしたので満足です。





















2017年9月26日 (火)

川口の赤山陣屋跡(赤山城跡)に行って来ました。

2017年9月25日(月)に川口に墓参り行、帰りに赤山陣屋跡に行って来ました、西川口駅からバスで鳩ケ谷車庫行で曲輪バス停下車5分と在ったのですが、昼間は車庫行が無いとの事で鳩ケ谷団地行きのバスに乗りました、桜町2丁目から歩いたのですが15分位との事ですが道がわからず苦労しました、バス停の道を直進==>新井宿駅方面の丁字路を右側に==>赤山(交差点)を直進し手信号を左側に在りました。

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この地図では下側から赤山交差点にでて損のまま直進左中央です。

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関東郡代とは・・・将軍ーー老中ーー勘定奉行ーー関東郡代で天正18年(1590年)に家康が関東入国に時==>代官頭として伊奈忠次に任命(当時は伊奈町小室)、荒川・利根川の治水工事新田開発に手腕を発揮、2代目が幼く病没し改易、名門伊奈一族三代目として伊奈忠治が800石から勘定役から始め後に7000石となり赤山に陣屋を築いたのです寛永6年(1629年)彼も伊奈流の土木工事を駆使し徳川幕府の財政基盤を築いたとあります、赤山は2万4000坪の広大なお城なのです。

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本丸の周りは空堀で二の丸は自然の低地で囲まれた陣屋・・・お城、なお、三代目忠治は深川の埋め立て・永代橋の構築・宝永4年(1707年)富士山噴火の復旧とうの業績があります十二台163年間続いたのですが伊奈忠尊の時寛政4年(1792年)に郡代を罷免されたとありました、この当時は江戸打ちこわし・天明の大飢餓等幕府財政の悪化と合わせて辞めさせられたのでしょう?。

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その後関東郡代は廃止陣屋も取り壊され今に残るのは一部の空堀・土塁ですね。

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濠の土を積み上げた赤山日枝神社。

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わずかに残る空堀ですね。

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これも空堀です公園用に整理したのでしょう、右側が本丸側です。

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二の丸脇の方から見た本丸です、今は畑ですね、右側は空堀です。

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此れは右側本丸がわ左側が二の丸側です、空堀が当時は深甲斐のでしょうが?。

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上の空堀脇をくだり自然低地へでます、かなりに落差の上に右側本丸が在ります。

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先程の公園風空堀の中央部分表門側に碑があります、赤山城址とありました。









2017年9月 2日 (土)

岐阜に行って来ました(岐阜城跡・長良川鵜飼い)。

2017年8月30日(水)から9月1日(金)にかけて岐阜近辺に行って来ました、長良川の鵜飼いを見に行ったのですが、岐阜城にもよりました。

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岐阜市長良川です、目の前の山が金華山・・・山頂には岐阜城が・・・そうです斉藤道三・織田信長で有名ですね。

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川を渡り橋上からのお城です、望楼型の天守です。

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川の向かい側です、山の山頂木々の中なので全貌が撮れませんが、お城に行く時間が無く本日は此処までです。

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そうです長良川の鵜飼い見学が主ですから、早目の食事で見物船に。

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何匹かの鵜を手縄で操りアユを採らせますね、かがり火の明かりで魚を驚かせ採るみたいですね。

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鵜が沢山食べると船に上げアユを吐き出させまた採らせますね、結構流れるのと暗いので上手く写真は取れません。

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今日は宮内庁への奉納日で伝統漁法の総がらみも見えました、鵜舟が横隊になりアユを浅瀬に追い込み採るのです・・・ホウホウと掛け声をかけながら追い込みます。

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私だけ朝早くから岐阜城に上りました(次の見学に行く前に走って行って来ました)、

金華山ロープウエーで往復、下台所からの天守です。

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山城で狭い曲輪からなので天守全貌が見える個所がわずかなのです、山は岩場なので防御性が高いですね、この城の手前下に水場が有るのです。

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天守入り口の石垣です、下からは全体が見えないのです。

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上台所からの天守です。

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此れは山下の織田信長居館跡の虎口の冠木門です、低い石垣に囲まれた日常的な館跡です。










2017年8月20日 (日)

二本松城跡に行って来ました。

2017年8月18日(金)朝から雨の為本日も安達太良山は無し二本松城跡へ行って来ました。

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二本松駅前から歩いて丘陵の向こう側にある二本松城跡(別名霞城)へ駅近くの薬局にて虫よけスプレーを購入しイザ見参・・・これで三度目の登城ですかね、丹羽長秀の孫の光重10万700石のお城です、豊臣秀吉が一時期名乗った羽柴の文字です・・・・戊辰戦争の悲劇の城ですね。

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二本松城跡の復元された箕輪門です、手前の千人溜まりにある像は少年隊の像です、戊戊辰戦争が始まる前に白河小峰城の城代を丹羽氏が行っていたため白河口での備えに多くの兵が出かけたため、少年・老人兵が防御していたのです。

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枡形構造の立派な城門(箕輪門)。

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本日は雨の為駐車場も空で石垣も良く見えました、この石垣の向こう側が三の丸です、菊人形の準備をしていました。

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門を入り枡形の石垣を回り込み城門内側を見ました。

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此れが城門石垣をUターンさせる枡形石垣です・・・・立派な防御システムですが、一日で落城しました、刀や槍の旧軍備では薩長土の新軍備には適しなかったのです。

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御姫様御殿も石垣に囲まれた御殿ですが。

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これは二合田用水です、安達太良山中腹から18K山中を通して水をひいたのです、幕府に届けず無許可での工事だそうです、この先が搦め手門です、山の上ですね。

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搦め手門の石垣です。

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搦め手を少し上ると本丸の石垣(復元)が現れます。

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本丸への虎口ですね、いまだ雨は降り止まず。

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本丸脇に天守台跡が昔三重の天守が在ったそうです、天守脇の碑は戊辰戦争での落城時に自決した家老の碑です、慶応4年(1868年)戊辰戦争、奥羽越列藩同盟に参加し会津を支援したのですが、旧態依然の軍備のため多くの人命が失われての責任自決です、さぞかし無念ですね。

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この石垣は旧の石垣の野面積みが見られます。

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平山城ですが本丸下にある日影の井戸です、朝からの雨が昼過ぎても降りやまず、早めに今日も温泉へ戻ります。









2017年6月30日 (金)

上田城跡に行って来ました。

2017年6月27日(火)に長野の上田城跡に行って来ました、キップ期限4日目の最終日で新潟まで行きたかったのですがヤヤ近場にしました、二度半の訪問ですね。

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昨年のNHK大河ドラマ真田丸の舞台ですね、今回はゆっくりと見学させて頂きました。

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昔の縄張り図でです、千曲川の断崖尼ケ淵が天然の要害ですね、三方が水堀での防御ですからね、御存じ真田昌幸が築いた平城です・・・真田は山城も多いですが、地形を見抜いての築城に長けていたのでしょう。

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二の丸橋を渡り二の丸方面から見た、東虎口櫓(正面)・南櫓(左側・・・その左側が尼ケ淵)・北櫓です、北櫓前から土塁での水堀が三方向に囲っています、中が本丸で外側が二の丸となります。

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南櫓ですね。

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東虎口櫓門と北櫓です・・・・枝垂れ桜。

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櫓門の石垣真田石・・・・信之が松代移封の折持ち去ろうとしたが動かなかったとの伝説が?。

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城内から見た東虎口櫓門と南櫓です。

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西櫓と石垣です、西側の虎口ですね。

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本丸跡です。

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真田神社の真田井戸・・・実は抜け穴で外と通じていたとの事?。

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尼ケ淵から見た西櫓自然の崖と石垣の組み合わせた防御で当時は下を千曲川が流れて居たみたいですね。

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同じ位置から見た南櫓です。

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北側の内堀です、本丸土塁の隅落とし・・・(土塁の北東(丑寅)隅を切り落とし鬼門よけして隅櫓を二個建てたのです。

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此処は昔の城主館跡・・・今は上田高校ですか。












2017年6月29日 (木)

春日山城跡に行って来ました。

2017年6月26日(月)に新潟の春日山城跡に行って来ました、御存じ越後の竜上杉謙信のお城です。

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信越線春日山駅前の通りから見える山がそうです、正面全体の山城です。

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山全体が城跡です。

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上越市埋蔵文化財センター前の上杉謙信像です、後程出ますが春日山神社脇にも像が在りました。

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右側が神社方面ですが、大手道を進みました、山道と舗装が入り交じった道を登りました。

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しばらく山道を上り詰めると峠にでます、この辺りは南三の丸に当たり権現堂方面へとイザ城が落ちそうな時の落ち筋とも思われます。

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なおも山側の大手道を進むみ堀切状態を上がると大きな曲輪に出ました、重臣の柿崎泉の守の屋敷跡です、大手道の守りの要でしょう。

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御成り街道?関白近衛前嗣が通ったのでこの名前が山道に着いたそうですね、関東に受け入れてもらえず失敗したのですが、左側の上の曲輪は上杉兼勝の屋敷跡、正面は鐘櫓跡です。

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鐘櫓から見た大手道方面です回り込んで上がってくるのです。

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堀切・切岸で各曲輪を分けてありますね。

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山頂直下にある井戸曲輪です、水は今も枯れることなくあります・・・山城は水が命ですからね。

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井戸曲輪を登ると本丸横の天守台に出ました、直江津方面が一望ですね、米山も見えます。

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天守台の脇が本丸跡です。

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本丸の下に二の丸・三の丸と続きますね。

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本丸横に護摩堂跡があります、建物は休憩所です。

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護摩堂跡です、出陣に辺り護摩堂にこもり毘沙門天に祈ったのでしょう。

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護摩堂下に毘沙門堂があり・花畑曲輪と続きます。

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虎口から二の丸・三の丸方面ですが(上の山頂は本丸)崩れて立入禁止でした。

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少し下がると千貫門跡です、登り口が分かれて迷路・・空き堀に誘導の防御を構築したみたいですね。

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上杉謙信を祭神にした春日山神社本殿です。

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神社脇に建つ謙信公像です。

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下から見た春日山城です。

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謙信公の墓がある林泉寺…山門です、流石春日山城歩きでもあり遺構がよく保存されていました、・・・大人の休日倶楽部パス15000円キップで3日目流石に疲れてきました。




















高田城に行って来ました。

2017年6月26日(月)に新潟の高田城・春日山城に行って来ました。

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高田駅から駅前通りを行くと高田城跡の外堀(西堀)があります、すごい幅の外堀です東洋一のハス園で有名とか、向こう側が西二の丸側です、三方向を二の丸が囲み北側は北の丸とよばれますね。

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縄張り図です、平城です、大阪の陣前に川を利用し4ケ月で造成したとか、石垣・天守の無いお城ですが、天下普請ですね、伊達政宗が築いたそうです。

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当時のお城の縄張り図ですね、左側が西堀で西二の丸を入ると本城堀と呼ばれる内堀が在り本丸です、南側が三の丸で現在は公園の一部です。

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内堀の本城堀です、河川利用のため、石垣無の土塁です、右側が本丸側です。

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南西の隅に建つ高田城三重櫓です、初代城主は松平忠輝です、徳川家康六男ですが、家康に嫌われた?、不運な武将ですね、晩年は諏訪湖の高島城預かりで亡くなりましたね。

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高田城三重櫓です。

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城内側から見た三重櫓で望楼型ですね。

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此れは南側から見た三重櫓ですね、土塁の上に建っています。

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南二の丸と本丸に架かる極楽橋です。

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もう一度、高田城三重櫓を本丸無いは今は桜の名所で夜桜でとみに有名ですね。








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