2018年12月30日 (日)

2018年訪問の城郭の一部を年賀用に一覧。

2018年訪問の城郭の一部を年賀用に一覧にしました。
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石川県金沢市の加賀百万石前田家の金沢城の菱櫓、白漆喰に海鼠壁・唐破風・入母屋破風の出窓が特徴ですね。
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橋詰門一の門、左奥が本丸で尾山御坊が在った所です、大阪御坊(大阪石山本願寺・・・大阪城)一向一揆の拠点ですね。
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富山県富山市の富山城です此処も加賀藩から分家した富山藩10万石前田家の城です。
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城内から見た富山城ですね、高校2年の時国体で来たのですが・・・・。
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天守は無いのですが、有名な山城なので、石川県七尾市の七尾城の桜の馬場石垣です。
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山頂の本丸に七尾城の碑が・・・・七尾湾が眼下に見えます、長尾景虎が攻め落としたお城ですね、霜は軍営に満ちて 秋気清し・・・・。
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福井県坂井市の現存天守の丸岡城です柴田勝豊が築城、独立式望楼型二重三階です。
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丘下から見上げた丸岡城、丸岡藩有馬氏5万石のお城です。
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福井県大野市の大野城、連結式望楼型二重三階。
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織田信長の家臣金森長近が築城とか‥‥・越前大野城・・天空の城。
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新潟県村上市の村上城本丸跡です、村上藩本庄氏のお城です。
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山城ですが、見事な石垣が本丸を中心に残っている村上城。
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新潟県新発田市の新発田城です、御三階櫓・・・三つの鯱が珍しいですね。
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辰巳櫓・本丸表門・二の丸隅櫓と堀の新発田城。
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山形県山形市の山形城・・・最上義光の城です、本丸一文字門の大手橋です、本丸築城はまだ先?ですかネ。
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線路際で写しずらいのですが、山形城二の丸大手門です。
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岩手県二戸市の九戸城本丸です、豊臣秀吉の奥州仕置き九戸政実の乱の舞台です。
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本丸と二の丸の間の空堀です、蒲生氏郷が構築?、南部家家督相続と奥州仕置きが重なり秀吉軍6万とのいくさが此処で起こったのです。
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青森県三戸郡の三戸城です、南部信直の居城です、九戸政実との相手です。
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その後岩手県盛岡城へ南部家は本城を移し、三戸古城と呼ばれたみたいですね。
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長野県諏訪市の高島城です、諏訪の浮城と呼ばれたみたいです、今は諏訪湖が離れてしまいましたが。
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城内から見た高島城、諏訪家2万7千石諏訪家は徳川に所属し関ケ原の後所領を獲得したのです。
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岐阜県中津川市の苗木城です、遠山家のお城で、幕末1万石でのお城持ちは此処だけとか、苗木城三の丸の大矢倉の石垣です。
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苗木城本丸の天守展望台です、大石を利用し築城。
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秋田県秋田市の久保田城です、佐竹氏です。
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久保田城隅櫓佐竹氏は清和源氏の流れの名門で20万石ですが(実40万石)と裕福な藩でしたね。
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愛知県犬山市の国宝犬山城です、尾張藩附け家老成瀬家の居城です。
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城内から見た犬山城。
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愛知県名古屋市の名古屋城です、解体まえの石垣調査中で入れません。
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西南隅櫓から見た本丸門・東南隅櫓の名古屋城、徳川家康が西国の大名に作らせた天下普請のお城です、尾張徳川の居城です。
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愛知県岡崎市の岡崎城です、徳川家康誕生のお城ですね。
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石垣土塁に囲まれ、木々が多くお城が撮りずら岡崎城です、このほかにも有名無名のお城を訪問しましたがやはり建物の有るお城を並べて見ました、お正月ミカンでも食べながらでも見てくださいね。

2018年12月 9日 (日)

福島県の相馬中村城跡に行って来ました。

2018年12月05日(水)に福島県の相馬の中村城跡に行って来ました、駅から歩いていける距離で、いまだに沢山の水堀に守られた輪郭式のお城です。
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此れが相馬中村藩六万石の中村城の縄張り図です、北・東側の守りが特に強く三重の水堀に守られていますね、古くは蝦夷、新しくは仙台伊達に備えたのです、相馬利胤が以前より在った城郭を短期間で築城したのは慶長16年1611年の事、石垣は殆ど無く土塁と水堀ですね。
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此処は縄張り図の外右上です、堀の奥が北三の丸方向です。
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此処は内堀で左側が東二の丸跡で奥が本丸方向です。
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此処は蓮池ですね、右側が北三の丸で左側が北二の丸です。
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南側の外大手一の門です、枡形です、右側には水堀で東三の丸です。
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大手一の門の中です左と正面の先は堀、土塁は外大手二の門跡です、その奥が中の門、左側が南二の丸です。
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土塁が消えているが左側が南二の丸です、正面が中の門方向、右側には土塁がありは東三の丸、左奥が本丸です。
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中の門枡形です、突き当りは水堀です、その向こう奥が丸土張(馬出)・東二の丸(中館・・現野球場)。
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南二の丸の全景、妙見神社の参道ですね。
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中の門少し先の右側を見る、南二の丸と本丸・丸土張・東二の丸とをつなぐ道です、左側水堀(今は無い)右側土塁の向こう側は水堀と細かな防御の仕組みが見られます。
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少し進んだ右側の土塁の上から見た本丸鉢巻石垣と内堀(現水無)と赤橋、右側は土塁に挟まれ東二の丸へ。
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同じ土塁の上から見た東二の丸と内堀(道路で切断)、右側が中の門です。
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本丸の鉢巻石垣、基本は断崖を利用、一部石垣を積んでありますね本城の特徴です。
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本丸と丸土張を綱赤橋。
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中の門から続く妙見神社の参道。
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妙見神社入口。
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妙見神社の親子杉樹齢600年の巨木ですね。
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妙見神社です、妙見曲輪の一部です。
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妙見神社脇から本丸にイザ登城です。
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一段上がると西二の丸があります、正面細い階段は本丸へ。
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西二の丸と本丸の間には空堀が構築されています、西二の丸の先には北の二の丸が輪郭です。
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本丸の登り口は横矢掛かりですね。
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登り口から見た東南の方向です、一部水堀が残っていますね。
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本丸後門跡です。
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相馬神社です。
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本丸です天守があり落雷で焼失。
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赤橋への登城口です、此方が大手ですね。
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赤橋です手前が丸土張(馬出)の曲輪です、右側は土塁に挟まれた道が内堀の脇へと在りますからね、しかし当時の面影を多く残したお城で感激しました。
此れで今回の東北城郭散策は終わりです、明日は雨雪?なので止めめました・・でも3日連続で結構疲れました。


2018年12月 8日 (土)

宮城県の仙台城址(青葉城)に行って来ました。

2018年12月05日(水)に宮城県の仙台城跡に行って来ました、伊達政宗が1601年関ケ原の戦いの後青葉山に城を築いた仙台と街名も変更、山頂には本丸と西の丸があり二の丸は東北大学の敷地、三の丸は仙台市博物館と広大な城です。
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本丸には建物がありません、此れは常磐線の亘理駅横の図書館だそうですが一応お城風なので・・・・・。
三の丸で降りなかったので、いきなり本丸の石垣です、以前来た時は石垣がハラミで修復中でしたね。
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立派な石垣が。
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本丸大手門です、戦災で焼失し今は・・・。
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本丸跡ですね、この右奥に護国神社がありますが、当時は西の丸とか。
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仙台城の全体図ですね、広瀬川を前にした山城です・・・・その後二の丸がお城の中心となったそうです。
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本丸から見た広瀬川と仙台市の街です。
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おなじみの伊達政宗の像です、実は先に福島の相馬中村城に行って来ました、明日は天気が悪いとの事で新庄・米沢は中止しました、以前山形城跡も雨に降られましたね、では。


青森県三戸城跡n行って来ました。

2018年12月04日(火)に青森県三戸城跡に行って来ました、あの九戸政実(二戸の九戸城)と戦った三戸南部氏の居城です、その後盛岡城に移った南部藩のお城です。
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三戸駅から町役場前で降りて三戸城跡にヤヤ不安な道でしたが、ご覧のような案内版があり山中へ。
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車で本丸跡まで登れますね、少し上ると三戸城跡と看板が。
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今一番左のUターンの先端です右側へ回り込み物見やぐら跡まで行きます。
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眼下に三戸の街がこの右端の馬淵川の橋を渡り、すぐ下あたりが町役場でしょうかネ。
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後ろが物見やぐら跡でこの階段を上り綱御門へイザ登城ですね。
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その前に階段を上り詰めると土塁が・・・石垣が見えますが多くはは崩れ落ちています。
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回り込むと綱御門が見えてきました・・・三戸城の表門です、平成元年のふるさと創生事業で作られたと。
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綱御門です。
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城内から見た綱御門。
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しばらく上りますが道の両サイドには重臣家臣の曲輪が存在しています、漸くお城が見えてきました。
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糠部神社の入り口です、お城は登って右側にありますが、この郭は重臣たちの住まいで、本丸は神社裏側で現在は公園で駐車場となっています。
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三戸城(模擬)です、やはりいいですね。
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角度を変えてのお城を如何です。
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糠部神社の境内には2本の巨木があります、サイカチの木・・・樹齢400年幹回り5・95M。
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三戸城は山頂・尾根部を段丘状態にし各郭へは家臣団が居たみたいですね。
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本丸跡です・・・現在は駐車場です、花見の時期は大変みたいですね。
三戸城は馬淵川の独立丘陵に南部晴信が築城、天正18年1590年秀吉の小田原征伐に時の南部信直も参戦し南部七郡を認められ領土安堵、その後南部滋直の代に1597年盛岡に築城し移ったのです、南部家の跡目問題等で天正19年1591年が九戸政実(二戸に九戸城)が反乱したのは有名ですネ。
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本丸の運動公園脇が当時の天守跡と説明があります。
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もう一度お城を。
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もう一つの巨木城山の大杉(御神木)です樹齢800年幹回り6・4Mです、お城以前よりこの地に。
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サイカチの木と額部神社・・大杉は燈籠のかげで枝しか見えませんね、この後三戸の駅まで歩き二戸の駅から新幹線で帰りました・・・昨日から秋田・青森・・・明日は相馬・仙台の城跡です。

2018年12月 6日 (木)

秋田の久保田城跡に行って来ました。

2018年12月03日(月)に秋田の久保田城跡に行って来ました、佐竹氏20万石のお城です、佐竹氏は茨城を本拠として清和源氏の流れで源の頼朝・足利尊氏・新田義貞・武田信玄等のもとをたどれる名門中の名門ですね、慶長7年1602年関ケ原の戦い後に常陸からの国替えでこの秋田藩主になった佐竹義宣が築いたお城ですね。
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秋田の駅側ですが、川と高台を利用し築城した20万石のお城です。
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広小路の濠端を見ます、幅の広いお堀ですね、この城は石垣はありませんね、三の丸ですね。
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穴門から入り内堀横を松下門方面(奥左の坂上)へ進みます、右側は三の丸側です、左側は本丸側ですね。
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大坂を上れば松下門です。
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門を過ぎれば左側は本丸脇の帯曲輪へ、直進すれば二の丸方面へ。
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二の丸です。
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二の丸脇から本丸表門への階段となります、右奥が本丸表門です。
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二の丸奥の弥高神社です。
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本丸への裏門への上りです。
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裏門を上り本丸から見た二の丸にある胡月池です。
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帯曲輪門跡です、本丸端の虎口ですね。
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御隅櫓です、久保田城内には八つの御隅櫓があったそうですが此れは本丸の北西の角です。
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本丸です、奥に稲荷神社・八幡秋田神社があります。
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再び御隅櫓を木々が多く撮る場所が限られますね。
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少し離れて。
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本丸の下には帯曲輪が走り郭の後が見えますね。
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二つの帯曲輪が走り外側は水堀で囲まれたおしろですね。
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本丸一の門脇から見た胡月池ですね。
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本丸への入り口表門の一の門です、立派ですね。
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表門への上り階段です、よこの土塁上から見た所で両脇からの怖い防御性の構造ですね、奥上野木々の後が表門です。
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ここも本丸の一部です、佐竹氏の12代義尭公とか最後の藩主ですか。
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最後に城外から見た御隅櫓です、此れで本日の秋田は終わり日帰りです、明日は青森の八戸・三戸です。


秋田城跡に行って来ました。

2018年12月03日(月)に大人の休日倶楽部の15000円券で秋田に行き秋田城跡を見学しました。
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秋田駅からバスで20分位のヤヤ町中にありましたね、城郭としては古いもので、雄物川の脇の高台に設置された日本の古代城柵(朝廷の出先機関)です、なにせ、天平5年733年の昔に出羽の国から遷地された出羽柵(いではのき)、朝廷の支配域の北上拡大に伴いこの地高清水岡に設置された城柵・・・・よくわかりませんが。
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東門前から見た古代池方面です、昔も在った水洗トイレとか・・・・・・。
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東門と塀です・・・・塀は土塀・・・・法隆寺の壁形式ですね。
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東門脇です、大きく囲まれた城柵なのでしょう。
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東門から続く政庁(正面)への城内東大路です、政庁右手前に当時のイメージ模型がありました、その右奥は護国神社。
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政庁前の当時の模型復元、奥は護国神社。
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当時の建物跡。
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奥から見た政庁の門と屋敷跡です、朝廷の力を現地に示したのでしょうね。

2018年12月 4日 (火)

長野県諏訪の桑原城跡に行って来ました。

2018年11月29日(木)に上諏訪と茅野との間にある桑原城跡に行って来ました、甲州街道の四賀出張所バス停を起点に歩きました。
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四賀出張所バス停から上諏訪側に少し戻り自動車教習所脇へ・・・少し入ると山肌に桑原城跡の文字が見えます。
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足長神社前の道を山側に入ります・・・舗装道路・・・これは足長神社です、社は小さいですが立派なものですした。
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足長神社少し先に足長公園があります、この奥の方が城なのでしょうが、登城口はまだ先ですね。
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公園脇の方に汚れた地図が・・・・左側の道をもう少し上るのです。
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舗装道路の脇に標識がありますこの標識の右側の山道・・・車も道が悪いが入れますね、上に小さな駐車場もあります。
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こんな感じの登りが少し続きます。
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此処が駐車場の突き当りです、此処からはイザ山城に見参。
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本の少しで尾根に右側が桑原城本丸方面です、向こう側が桑原の城下側なのでしょう、左側は城山?の方みたいです。
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空堀の標識が見えます殆ど埋まっていました、此れから城内へ入ります。
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横矢掛かりのクネクネと折り返しの付いた山道を登ります。
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東の郭と標識がありました、右手前に首塚・右側は本郭の土塁です。
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本郭の土塁下を周り込みます。
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堀切により空堀で左側が二の郭右側が本郭です。
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本郭へ上ります、この桑原城は上諏訪の領主諏訪頼重が武田晴信に攻められ本城の上原城から逃れてきた諏訪家の支城なのです。
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趣のある小さな本郭です、天文11年1542年6-7月にかけて武田晴信(のちの信玄が)が妹の嫁ぎ先である諏訪惣領家である諏訪頼重と合戦し和睦しそののちに甲府の東光寺において切腹させたのです、その前年に親父の武田信虎を今川追放し長野への侵略を固めた第一歩の戦場なのです。
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小さな本郭ですからね・・・・・・なぜこのような城に・・・。
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此れが桑原城の縄張り図・・・・古いお城の形ですよね。
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本郭から見た東の郭と綱成る山。
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本郭全体と向こう側が二の郭方面です。
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二の郭です、小さなお城ですね、頼重には行く所が無かったのですね!。
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二の郭から見た本郭。
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二の郭全体です。
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二の郭の前に段々の腰曲輪が見えますね、草刈りをしていないのでよく見れませんが、正面は諏訪湖です、此れで今回の諏訪地区の見たい予定は見れました・・・・上原城も見たいですがね。


2018年12月 2日 (日)

長野県岡谷の花岡城跡に行って来ました。

2018年11月28日(木)に岡谷の花岡城跡に行って来ました、昨日の苗木城の帰りに寄よりたかたのですが暗くなり今朝にきました、この後下社秋宮・桑原城跡とまわり帰宅しました。
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岡谷駅から天龍川沿いに諏訪湖方面へ突き出した小丘が花岡城跡です。
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天龍川の端から下流を見た所です、中央高速ですね。
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逆側を見ると諏訪湖と天龍川へ流れ落ちる釜口水門です。
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水門少し手前から突き出した丘へ登ります、花岡城は諏訪湖と山・天竜川で伊那方面の抑えの地なのです。
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階段を上ると段丘状態が見受けられます。
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眼下に釜口水門が。
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次の所も段郭状態が本郭を囲むように広がります。
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もう一つ段郭があり本郭が奥にあります。
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本郭を回り込むように郭がありますね、この本郭向こう側にも二の郭がありますね、ここは二の郭もしくは三の郭・・・同じ高さで右側に腰曲輪がありそこからの景色です、天龍川と岡谷の街並みです。
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腰曲輪を回り込むと二の郭へ出ます、土塁もわずかにわかりますね。
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本郭から諏訪湖側を見ました、段郭に囲まれたお城です。
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本郭です、奥が少し盛り上がっていますね。
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先程は奥左側に来ました(腰曲輪?)、二の郭です、奥が本郭で間に空堀が多分あったのでしょうね?。
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此処は天文11年1542年武田の支配になり天文17年1548年小笠原長時が武田に大敗しこの地区一帯の抑えが不要になり本城は廃城となったそうです、二の丸にある石碑。
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二の郭から稲荷神社方角に下り振り返ります、左奥が本郭・右奥が二の郭です。
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丘の出っ張りにある稲荷神社です、昔は出郭でしょうね、街道を真下に抑えていたのでしょう。

2018年12月 1日 (土)

岐阜県中津川の苗木城跡に行って来ました。

2018年11月28日(水)に岐阜県中津川の苗木城跡に行って来ました、塩尻から特急で中津川まで1時間位駅からバス付知峡線で15分位で苗木バス停から歩きます(案内あり)(バスの本数は少ないですね)、駅に観光案内所があります。
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バス停からコマ地図のような案内板により城下町から山中へ。
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右側が苗木遠山資料館、城へは直進です。
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やがて駐車場が・・・縄張り図は此処だけです・・・・でも資料が置いてありますネ。
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これはCG処理した苗木城の復元図です。
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駐車場を過ぎてすぐの石垣、写真左側が足軽長屋跡、此処までくれば天守が見れますよ。
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自然石とまじり石垣が続きますね。
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天守が見えました、左側の道を進みます、下の道は工事用❓。
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風吹門跡の石垣と右側の石垣は大矢倉跡の石垣です、紅葉が終わり気味ですが残っていましたね。
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門を過ぎると三の丸広場ですね。
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三の丸の大矢倉脇から見た苗木城本丸です、備中松山城の石垣を思い浮かべましたね、自然石をそのまま利用していますね。
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三の丸の虎口の一つ馳門跡です、飛騨街道への降り口で四十八曲の降り口です。
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馳門です、下れば、木曽川の玉蔵橋方面へ。
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少し下り見ました、枡形構造の門で堅固ですね。
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馳門から見た大矢倉の石垣です見事なもんですね。
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そばにより見ました。
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大矢倉の石垣の上から見た三の丸とその後ろが二の丸方面で左が本丸ですね、逆光で・・・。
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再び大矢倉へここに三層の建物が、1階は石垣に囲まれた物置で二階・三階が部屋とか。
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此処は大矢倉裏の風吹門脇から上がった所で城山側からの雨水をためた池とか馬の飲み水ようとか、この左後が北門の虎口とか。
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三の丸橋から見た二の丸側です、こちら側にも石垣が、先程の道路が二の丸へ来ますが、多分大分違うのでしょうね?。
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三の丸端から見た苗木城本丸す自然石が多いですね、この大きな石の脇が大門跡です。
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本丸への登り口をジグザクと大岩の山肌を回り込みながら、この山は高森山と呼ぶらしいです。
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なおも大岩の山肌を回り込みますね。
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天守近くまで登りました、千石井戸で今でも水が湧き出るとか・・・・。
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千石井戸の左側は的場で天守側は自然石です、左側は木曽川です。
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天守まじかから見た大矢倉の石垣です、左脇方面から登城したのです、大矢倉後が城山で北門は右側に下るのです、手前右側が馳門側です。
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千石井戸を過ぎると天守の大石と展望台の木枠が見えます。
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脇から見た木曽川です、下は二の丸脇の帯曲輪ですね。
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漸く天守下まで来ました、本丸はまだ?・・・・。
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多分笠置矢倉から見た天守です、ひかりの感じがで写しやすいのです。
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本丸です、木曽川、中津川の市内、中山道(見えませんが)、恵那山、橋は玉蔵橋でバスでこの橋を渡り回り込んで苗木まで来たのです、馳門を下ると木曽川脇に出ます。
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本丸脇から見た天守です、此処に三層の建物がありやはり位階は岩の間で物置だとか、此処の城主は1万石の大名でお城持ちは此処だけとか、他は陣屋なのです。
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城主は遠山家で遠山家と聞けば岩村城を思い浮かべますが、やはり元は一つとか、岩村遠山家は織田・武田との戦いで最後は徳川が入りましたが、苗木遠山家は・・・・。
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此処は三の丸(正面)二の丸の石垣下です・・・後が二の丸側ですね、天正2年1574年武田勝頼に攻められ落城翌天正3年織田信忠が岩村城苗木城を落とす、その後遠山友忠・友政父子は徳川家康を頼り浜松へ・・・・慶長5年1600年関ケ原の戦いで苗木城を奪還し本土安堵とか。
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最後に見納めの苗木城を・・・復元図を見るとこの岩壁に張り付くように建物が建てられていましたね!。
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帰りのバス中玉蔵橋から見た苗木城高森山を・・・。

2018年11月30日 (金)

諏訪に行って来ました(高島城跡)。

2018年11月27日(火)に諏訪の高島城跡に行って来ました。
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豊臣秀吉家臣の築城の名手日根野高吉が7年程の歳月をかけて高島城を構築諏訪湖を背景に沼地と川を濠に見立て湖上に浮いた浮城みたいな城を構築、関ケ原の戦いで徳川軍に与した諏訪頼水は帰り藩主となり居城としたそうです、ラッキーでしたね名門を認められたのでしょうね。
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現在は諏訪湖の水位が下がり後ろ側が湖ではありませんね。
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隅櫓・門と石垣と堀が見事ですね。
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逆側から見た天守です、逆光で・・・・。
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一番良い構図でしょうかネ。
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城内から見た櫓門・・・・冠木門と呼ばれているみたいですが(多分当初)と脇の大木ヤキ。
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城内から見た天守です。
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天守上から見た表の濠がわです。
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城内にある藤・・・・これも結構な巨木でしょう。
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城内億から見た高島城です、昔は左が手前に小天守が存在していたみたいですね。
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先程も出ましたが隅櫓脇の大ケヤキです。

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